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「素晴らしきかな、人生(2016)」感想

ニューヨークで広告代理店を経営する男は、最愛の娘を亡くして失意に沈む。心配する同僚たちは彼の心を開くべく、3人の舞台俳優に即興芝居を仕掛けてもらう計画を立てる。年代も性別も異なる奇妙な3人に当惑しながらも、彼は徐々に変化を見せ始める。

Googleであらすじを調べたらこんな感じだった。
「素晴らしき哉、人生!」という古典映画のリメイクなのかな?と思って、原典を見る前にまずこちらから見てみた。
しかし後で調べてわかったのだが、この映画と「素晴らしき哉、人生!」は、邦題が似ているだけの全くの別物らしい。
まじでこういう下品な邦題のつけ方やめなよ。

感想

現代に適応した寓話の一つの形。
と思いきや終盤で、観客達がこういう話だと思っていた物をぶっとばしてくる怪作だった。

この話は、おとぎ話風に言うなら、悲しみによって抜け殻になってしまった王(ウィルスミス)を、3人の従者が、3人の演者を使って慰めようとする話だ。
3人の演者が演じる死、時間、愛、は3人の従者それぞれが抱える問題にも対応している。

この話の中で、演者に概念を演じさせるという点がかなり面白かった。
僕はこの点に「神秘や精霊が存在する余地のない現代において、それらが登場する寓話を描くにはどうすればいいか」と言う問題に対する回答を見た。
つまりは寓話を成立させるための舞台裏まで含めて観客に見せてしまおうという解決法だ。
「現代NYに死、時間、愛が現れて主人公を癒す」という話は馬鹿っぽいけど、「現代NYで主人公を癒すために死、時間、愛を演じる」という話はそこまで馬鹿っぽくない。

そして本作では、ウィルスミスを癒す方法として、演者による寓話的な方法とは別に現実的な方法も設定されている。それが子供を亡くした親たちによる会合「小さな翼の会」だ。

しかし、即興劇の中で"愛"が語った「あなたの中に宿っている愛に気付ければ、元のあなたに戻れる」と言うセリフは、小さな翼の会の主催者が語った「あなたは子供を亡くしたのよ、元に戻すなんてできない」というセリフと矛盾しており。寓話的な方法と現実的な方法は互いに反発し合うことが示唆されている。

この前フリがどう回収されるのかを楽しみに見ていたのだが、終盤で物語が一変した。

ウィルスミスが狂っているということを、改竄した映像で証明する3人の従者。(補足1)
ウィルスミスは会社を手放す書類にサインをした後に、最初から3人の従者の抱える問題に気付いていたのだ、などと言い出す。
(僕はそれを聞いて「じゃあもっと早くから会社を手放しておけよ」と思う。)
そして小さな翼の会の主催者は実は別れた元妻だったと言うことが事後的に明かされる。(補足2)

つまりこれは死、時間、愛と行っていた即興劇の梯子を外されたウィルスミスが、ついでに元妻と行っていた「他人同士」という即興劇からも降りることにした。
と言う話だったのだ。

とんでもない拍子抜けだった。
途中まで色々こねくり回して考えていた自分が馬鹿みたいだ。

しかし、見ながら「こんな話なんだろうな」と徐々に積み上げていった推論が割としょうもない結論によって無に帰す様は、作中で多用されるドミノ倒しのイメージと重なって、それが痛快だったりもした。
結果的に結構楽しめたと思う。

最後の最後に、3人の演者は実は本当に死、時間、愛といった概念だったのかもしれない、というようなことが示唆されて物語が終わるのだが、マジでしょうもないからやめて欲しかった。

あとマイケルペーニャが可愛かった。

補足1
改竄した映像を使って、お前は狂っているんだと宣告するのはやっぱり酷すぎるだろ。とこのシーンで若干引いてしまったりした。

補足2
別れ際に「他人に戻れたらよかった」ってメッセージを送ったことがきっかけになっているんだろうけど、それにしてもよくもまあ大真面目に他人を演じられるよなと笑えた。

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