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親愛なる同志たちへ/アンドレイ・コンチャロフスキー監督

2022-04-30鑑賞

アンドレイ・コンチャロフスキー監督(1937年生まれ)の「親愛なる同志たちへ」を見る。

84歳になるロシア映画界の巨匠だが、実は彼の映画を見るのは今回が初めてだ。とはいえ、コンチャロフスキーはアンドレイ・タルコフスキー監督と大学では同期であり、「ローラーとバイオリン」(1960年)「僕の村は戦場だった」(1962年)「アンドレイ・ルブリョフ」(1966年)では脚本を共同執筆してもいる。いずれも昨年の特集上映「ソビエト時代のタルコフスキー」で見直す機会があった。

ロシアという国について、あるいはソビエト連邦について考えるのは難しい。それは我々が日本という国に住むからだけではなく、例えば、コンチャロフスキーやタルコフスキーの映画とはまた別に、ウクライナ出身のセルゲイ・ロズニツァ監督のドキュメンタリーで同じく昨年公開された) 「国葬」(2019年)「粛清裁判」(2018年)「アウステルリッツ」(2016年)を見て分かるように、同じ政治体制にあっても、時代の状況やそれぞれが置かれた立場により、言わずもがなさまざまな視点が存在するからである。

今回見た「親愛なる同志たちへ」は1962年、スターリン亡き後のフルシチョフ政権下のソ連に於ける「ノボチェルカッスクの虐殺」についての話だ。舞台であるノボチェルカッスクは、ウクライナに近いロシア南西部にある。この街はかつてロシア帝国内で自治権をもったドン・コサックの首都でもあり、ロシア革命後の内戦中はウクライナとの統合を求めた人も多くいたらしい。

フルシチョフ政権によって導入された経済・貨幣改革により、ソ連国内では物価高騰と食糧不足が蔓延する日々。リューダ(ユリア・ビソツカヤ)は共産党市政委員会のメンバーとして党に忠誠を誓う立場にあり、またその特権を持って食料品や嗜好品を入手することが出来る立場にある。一方、18 歳の娘スヴェッカ(ユリヤ・ブロワ)は機関車工場で働いており、賃金カットで生活が困窮する労働者の一員として彼らとともにストライキに打って出るという。当然のごとく母娘は対立する。1962年6月1日、土曜日のことである。

翌2日、日曜日。工場でのストを受け、市民が組織する約5000 人のデモ隊が市政委員会のオフィスがある広場へと集結する。モスクワはこの騒動を重く見てストの鎮静化と情報の遮断を図り、成す術のない市政委員会の頭越しに、集まったデモ隊と市民に向けて発砲する。デモに参加した娘スヴェッカが行方不明になっていることを知ったリューダは、自らの立場を顧みずパニックの巻き起こる広場を奔走し娘の捜索に尽くすのだ。


この映画が「母と娘」の関係、あるいはその「あり方」をテーマに据え描いたものであるには違いないが、もうひとつの鍵はリューダの父親(セルゲイ・アーリッシュ)の存在だろうか。隠居を決め込む父親は、なんとなく遠巻きにリューダとスヴェッカのことを見ているのだが、その日(虐殺の日)、古い衣装箱から軍服を取り出し身に纏う。共産党下では禁止されたイコンを取り出し、埃を拭いをテーブルに立て掛け、リューダに戦争について、おそらく初めて語るのだ。

リューダは第2次大戦では看護婦として従軍し、そこで恋人の子を身籠る。戦禍によって国家の英雄とされる彼を失い、共産主義政権下でひとりで娘を育て生き延びて来た。スターリンを敬愛しソ連の繁栄を信じて疑わなかった彼女は言う。「共産主義以外の何を信じれば?」。

しかし同じ家族である父親は、同じ土地でまた違った立場で社会を生き延びてきた。彼の軍服はコサックのものだろうか。信じる神も存在した。リューダの父親はまた社会に違うものを見て、共産主義下でその考えを封印し生きてきた。


翌3日、月曜日。何事もなかったかのように党主催のダンスパーティーが開催される。広場に溢れた血は洗い流され、拭いきれない血痕の上には新たにアスファルトが塗り固められた。住民は口止めされ、契約書にサインを求められた。KGBによれば、この騒動の死者は26人(非公式には死者100人とされる)、負傷者数十人。逮捕者は数百人、首謀者7人が処刑されたという。そして「ノボチェルカッスクの虐殺」は、その後ソ連が崩壊するまでの約30年間にわたって隠蔽されてきたのだ。

我々が認識できるのは物事の一面だけである。今回の戦争に於いても、それぞれがそれぞれの立場で自分の考えを押し通そうとする。ソビエトの共産主義は崩壊したが、それでも「国家」は存在し、そのシステムを利用して自らの立場を築こうとする輩がどこの国にも存在する。コンチャロフスキー監督をはじめ旧ソビエトを生きた映画からは重要なメッセージが発せられる(発せられて来た)わけだが、どういうわけかそれは受け取られようとしない今日なのである。

監督:アンドレイ・コンチャロフスキー  
出演:ユリア・ヴィソツカヤ | アンドレイ・グセフ | ヴラジスラフ・コマロフ


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