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聖地には蜘蛛が巣を張る/アリ・アッバシ監督

アリ・アッバシ監督の「聖地には蜘蛛が巣を張る」を見る。アリ・アッバシは1981年にイランで生まれ、北欧を拠点に活動する映画監督だ。映画はイラン第2の都市である聖地マシュハドで起きたある娼婦連続殺人事件をモチーフとしている。

子供を寝かしつけた母親が深夜に働きに出るところから映画は始まる。ごく普通にも見えるその女性は、公衆便所で服を着替え、濃い化粧に自らを埋めて街角に立つ。バイクで近づいてきた男は、既に2人の客を取りしゃがみ込んでいる彼女に声をかけ、バイクの後ろに乗せ、何本か細い路地を曲がりたどり着いた家に招き入れる。彼女が15人目の犠牲者となる。

女性ジャーナリストのラヒミ(ザーラ・アミール・エブラヒミ)は、娼婦殺人の真相を探るためマシュハドに乗り込み、地元の記者を訪ねる。彼の元には、犯人「スパイダー・キラー」からその都度犯行声明が届いており、その殺人は「罪人の街を浄化する」という神から授かった使命だという。ミソジニーな警察も宗教者も犯人探しには非協力的だ。自分が街角で偶然出会った娼婦がスパイダー・キラーの16人目の毒牙にかかり、剛を煮やしたラヒミは、自らおとりとなって犯人との接触を試みる。


映画は猟奇殺人の犯人探しミステリーではなく、普通の家庭を持つ普通の男サイード・ハナイ(メフディ・バジェスタニ)の狂気と、裁判にかけられたサイードを支持する一部の市民の熱狂、そして被害者の家族、加害者の家族ともに「揺れ動く」感情について、真実を見据えるジャーナリストとしての眼差しと、この国で生きるひとりの女性の視線との両面をもって描いている。

それはイランのような保守的な宗教社会だから起こった事件と捉えるのではなく、差別を生み出す構造と、それに加担する集団の心理と、一方でそれに抗う小さな力を我々は既に持っていることを伝えようとしているのであって、そこで回復されるべきは、被害を受けた女性たちの尊厳であるという、そういう話である。

監督:アリ・アッバシ  
出演:メフディ・バジェスタニ | ザール・アミール=エブラヒミ | アラシュ・アシュティアニ


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