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悪は存在しない/濱口竜介監督

濱口竜介監督の「悪は存在しない」を見る。

冬枯れの木々を見上げ、その枝の先に見える空をフレームで切り取りながら、カメラは移動してゆく。長い長いカットで、どこまでもどこまでも、その空が続いているように見える。カメラが空を見上げる少女の横顔を捉える。ニット帽を被り青いダウンジャケットを着た少女はまた林の中を歩き始める。

薪を割り、水を汲む。自然豊かな町で暮らす口数の少ない男は、匠さん(大美賀均)と呼ばれている。男には花(西川玲)という名の娘がいる。学童保育の迎えの時間に遅れ、花がひとりで先に帰った旨をスタッフから知らされる。
父親に木々の名を尋ねながら林を歩く花。匠は花に鹿の通り道を教える。匠の家は父子家庭で、家には匠の妻と花と3人で写った写真が飾られている。

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その日の夜は、グランピング施設建設の住民説明会がある。グランピングとはグラマラス(豪華な)とキャンピングを組み合わせた言葉だそうだ。なかなかバランスが悪い言葉だ。都内から説明に来た高橋(小坂竜士)と黛(渋谷采郁)のふたりは芸能事務所の社員で、計画はコロナ禍で苦境に立った会社の補助金目当ての事業であり、住民の反発を招く杜撰ずさんなものであった。この町の古い移住者である匠は、町の成り立ちと建設計画の問題点について説き、意見を持ち帰るよう二人を促し、町民の賛同を得る。

翌朝、高橋と薫はズームで参加するコンサルと社長を交え、意見交換をする。説明会では強気に見えた二人だが、計画には懐疑的のようだ。だが、結論ありきの事業に再考の余地もなく、瑣末な妥協案(匠への懐柔策ということだが)を渡され、再度町民の説得に送り出される。高速道を走る車内で、ふたりはコロナ禍で疲弊した互いの人生を振り返り、その有り様について考えはじめているようだ。

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物語は、日常に起こりうる人間の凡庸な営みの、ある「裂け目」について描いているように見える。順調に進行していると思われた物語は、最後の一幕で突如異変をきたす。たった二日間(あるいは最後のシーンは三日目の朝なのだろうか?)の時間の流れに何らかの結末を設定し、それを整然と語る仕草など、濱口監督には耐えられなかったのであろう。人間について、現代的な示唆に富んだ作品だ。

監督:濱口竜介  
出演:大美賀均 | 西川玲 | 小坂竜士


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