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ウーマン・トーキング 私たちの選択/サラ・ポーリー監督

サラ・ポーリー監督の「ウーマン・トーキング 私たちの選択」をみる。内容の過酷さが注目されるだけでなく、映画表現としてこの作品の完成度が高いとすれば、サラ・ポーリー監督が、例えば現在も盛んに報道される相も変わらぬハリウッドの、そしてカンヌ他映画祭をめぐる権力構造についても見据えているからであろう。

冒頭で気づくことは、この映画がシネスコ(シネマスコープ)で撮られていることだろうか。美しいワイドスクリーン画面である。納屋は公式の集会施設ではなく、女たちの作業場であり寄り合いの場なのだろう。薄暗い屋内に差し込む外光は女たちの厳しい表情を照らし、やや古色がかった色調の横長画面に配置される女たちの絶妙な距離感を捉えている。

女たちが目覚めると体に残ったあざなどの異変に気づく…村では数年にわたってそのような「事件」が続発しているのだが、男たちは「悪魔の仕業」「作り話」などと取り合おうとしない。

メノナイトというキリスト教の宗派があり、世界では150万人ほどの信者がいるという。映画は、ボリビアのメノナイトが住むコロニーで起きた「事件」をもとに、カナダのメノナイトの家庭に育った作家ミリアム・テイヴズの同名の小説(Women Talking, 2018)を原作とし、監督のサラ・ポーリーが脚本を書いたものだ。そうした前提を知らずしてこの映画を見たのだが、筋道に「信仰」がある物語故、背景としてそれを記しておく。

…閉鎖的なコミュニティに見える。彼らの衣装や暮らしぶりから、初めは19世紀後半〜20世紀初頭の話だろうと思わされる。だが、大音量で『Daydream Believer』(考えてみれば執拗に男性目線の「まどろみ」の歌ではある)を流しながら「2010年」の国勢調査を促す宣伝カーが集落に巡ってくると、女たちはこぞって室内に身を潜める…。

電気や水道が無い暮らしというだけでなく、女たちは教育の機会も奪われている。文字を読むことも書くことも許されない、女性としての「役割」を担うばかりの日常だ。そんな周囲から孤立したコロニーの中で起こった「事件」は、「悪魔の仕業」でも「作り話」でもなく、女たちの意識を家畜用の鎮静剤で奪い、強姦を繰り返すという「事件」であった。

犯人は目撃され、コミュニティ内の二人の男が逮捕されると、男たちは、司法から犯罪者の同胞を解放するため、保釈金を携えて全員で町に出てかけて行ってしまう。男たちが村に不在の二日の間に、女たちは自らの尊厳をかけ、全員で身の処し方を定めようと考える。選択肢は「赦す/Do nothing」「戦う/Stay and fight」「去る/Leave」の三つである。女たちの代表である三組の家族が納屋に会し、その「決断」に至るまでの話し合いの過程がこの物語のプロットとなる。

納屋に集う女たち皆が皆、抑圧され傷つけられた者たちである。にもかかわらず(いやそれだからこそ)同じ女性でも各々が異なる「思い」を抱え、それを激しく闘わせるのだ。たとえ同じ家族であっても、その思いには隔たりがある。字幕だけではわかりにくいが、「赦す」は「Do nothing/何もしない」をも指し示す。それでも「赦し」を主張し、あるいは「赦し」について逡巡するのは、彼女たち皆がメノナイトの信仰に基づいて生きているからである。しかし権力構造によって支配されたコミュニティで、男たちの欲望のままに定められるルールに於いて、他者に強制された「赦し」は、神の意思である「赦し」と同意なのであろうか。言葉を奪われ、沈黙を強いられてきた女たちの話し合いは続く…。

文盲の女たちに代わって、彼女らの言葉を書き留める「書記」を担うのが、この場にただひとり残った「男」オーガスト(ベン・ウィショー)だ。オーガストは幼少時に母親とともにコミュニティを追われた。おそらくコミュニティの原理原則に逆らう言動が排除された理由だろう。オーガストは大学を卒業後に教師として村に戻って来た。彼はまた、理知的に話し合いの場をリードするオーナ(ルーニー・マーラ)の幼なじみでもある。そしてオーナは彼との関係を通じて、「赦す/Do nothing」「戦う/Stay and fight」「去る/Leave」の3つの枠組みから、「留まる/Stay」ことに条件付けして「戦う」ことから切り分け、女たちの話し合いの場にコミュニティの未来と教育という視座を引き入れる。

さらに村にはもうひとり、近親者からの性暴力をきっかけに大人とは口を聞かなくなったトランス男性メルヴィン(オーガスト・ウィンター)がいる。ある種の場面緘黙なのだろう。物語の最終局面での、女たち(内心では「彼を」排除してきた)とメルヴィンとの「和解」は、彼女たちにとって、さらには映画を見る私たちにとっても「赦し」の原理を補完するものとなるだろう。

タイムリミットは迫ってくる。女たちの選択は…。

監督:サラ・ポーリー  
出演:ルーニー・マーラ | クレア・フォイ | ジェシー・バックリー


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