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僕たちの哲学教室/ナーサ・ニ・キアナン監督|デクラン・マッグラ監督

ナーサ・ニ・キアナンとデクラン・マッグラ両監督による「僕たちの哲学教室」を見る(英語タイトルは「Young Plato」)。北アイルランドのベルファスト市北部アードイン地区にあるカトリック系の男子小学校での2年間を記録したドキュメンタリー映画だ。

エルヴィス・プレスリーをこよなく愛するケヴィン・マッカリヴィー校長は、小学生(4〜11歳)に「哲学」の授業を行なっている。少し訛りのある英語を話し、運転しながらお気に入りのプレスリーの曲を口ずさむ「ご機嫌な」ケヴィン校長の車から、低層集合住宅(Terraced House)が連なる街の風景が見える。

ほのぼのした映画ではない…。バネ仕掛けのプレスリー人形が、車にも、また彼のオフィスにも置かれているのに気づく。それはいずれも窓の「外に」向けられている。ベルファスト北部は労働者階級が住むエリアで、アードイン地区は特に「紛争」が激化した経緯がある。1998年の和平合意から20年以上経った現在でも、住民どうし不穏な対立を続けている。

自分がロンドンにいた1994〜96年頃はまだ、北アイルランド紛争(北アイルランドの分離独立運動)が、身近なこととして存在していた。IRA(アイルランド共和軍)による対英テロがしばしばロンドンの街を震えさせていたからだ。そもそも帝国主義、植民地主義の問題であって、英国の正式名称が「グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国」である意味をここで思い知ろう。17世紀大英帝国のアイルランド侵攻が発端にある。

第一次大戦後の1921年に、プロテスタント系住民の多い北アイルランドを英国領に、それ以外を英国統治下のアイルランド自由国とする妥協案によって、アイルランド島の南北の分断が決定的となる。切り離された北アイルランド地方では、多数派で親英のプロテスタント住民(多くがスコットランドから移住してきた)と、アイルランドへの併合を求めるカトリック共和軍との対立が、第二次大戦後のアイルランド(自由国)の英連邦からの離脱によって先鋭化する。テロと内紛の渾沌の中、水面下では英国政府とIRAとの和平交渉も続き、1998年、トニー・ブレア首相のもと「ベルファスト合意」が締結。武装が解除され和平が成立したはずだった。

ここでなぜ、ケヴィン校長が子どもたちとの「哲学対話」を始めたのか、という問題になる。

ベルファストのアードイン地区は、プロテスタント系住民の居住区の中に、ぽつりと残されたカトリック系住民の生活エリアであり、双方の間は「平和の壁」と呼ばれる分離壁で隔てられている。暴力が暴力を生んだ両者の長年の関係性に於いて、人々の思考が固着化し、経済的にも負のスパイラルから抜けられず、問題は終わりのない政治的・宗教的な対立に集約され、結果的にそれが子どもたちの心に影響を及ぼしているという。青少年の自殺率がヨーロッパで最も高いのはなぜなのか。

子どもたちの小さなケンカでさえ、親の思考傾向に感化される。子どもに対し「やられたらやり返せ」と説く親もいる。現実的な家庭内の雑多なストレスはもとより、祖父母の世代から無意識下に受け継がれてきた、そうした連鎖を断ち切っていくこと。そこに思考力と対話力を梃子とし、自分とも他者とも向き合うことを教える「哲学対話」の意義があり、学び始めるには早ければ早いほど良い。意見の違う他者といかにコンセンサスをとるか。湧きあがる怒りをいかにコントロールするか。それを対話の中からひとつひとつ導き出してゆく。

ケヴィン校長の目は、子どもたちから、彼らの親へ、そして地域社会へも向けられる。この地区には様々な主張を表明する「壁」、住宅の側面全体を使った壁画があり、新たに「哲学対話」を掲げる同校がそれに参入しようというのだ。

単純な教育論や政治論に落とし込まれずに。「対話」をめぐる大人たちの戦い/挑戦の話なのである。

下はアル・ジャジーラ チャンネルより

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