見出し画像

空に住む/青山真治監督

公開中の映画をどういう順番で見るかを決めるのは、自分にとって、とりわけ重要だ。ベネチア銀熊の黒沢清監督作品も良いが、まずは青山真治監督の『空に住む』でしょう。何しろ前作『共喰い』から7年ぶりの長編復帰作なのだから。

「空に住む」というのは要するにタワーマンションの高層階を巡る話だ。両親を二人一緒に亡くした直実(多部未華子)は、叔父夫婦の所有する(投資だとか)その豪華なマンションに暮らすことになる。そこで偶然にエレベーターの中で若手人気俳優の時戸森則(岩田剛典)と出会う。

直実は郊外の出版社に勤めていて、そこは古い民家を改装したオフィス(?)に座卓で仕事をするような(そんな出版社は実在するのだろうか)、小さいながらもこだわりの出版社だったりする。直実は「言葉」を持つ人なのだが、その「言葉」は彼女の内面を覆い隠す「鎧」のようにも見え、それは時戸にも見透かされている。直実は、両親の「死」を実感できないまま突然の環境の変化に戸惑っている。両親の話は重要そうなのだけど、映画の中で映像としては描写されることはなく、父の弟である伯父や彼女自身の思い出としてその輪郭が描かれる。

冒頭のシーンは、大きなリュック(窓付き)を背負った直実がマンションのロビーに入っていくところから始まる。リュックの中身は黒猫のハルだ。ところで多部未華子も岩田剛典も素晴らしい演技を見せるのだけど、一番の演技派は黒猫のハル(「りんご」というのが本名)だったかもしれない。ただそれだからと言って「猫」映画にしてしまわないところが青山監督であり、一方でこのハルが映画では重要な役どころであるのは言うまでもない。

青山真治の映画=文学なので、こういう一見荒唐無稽な状況設定が俄然リアリティーを持ってくるのだけれど、要するにこの「物語」は直実の抱える「抑圧」とその「解放」がテーマになっている。「抑圧」は社会に内面化されていて、それは時戸と小説家の吉田(大森南朋)によって表象される。詳しくは書かないが、吉田の家族に過去の自分を「見つける」一瞬は美しくかつ重要だである。

青山真治監督が、他の日本の映画監督と違うのは「女性を撮る」ところにあると思うのだけど、今回でいえば直実はもちろん出版社の後輩の愛子(岸井ゆきの)や叔母の明日子(美村里江)によって、未来への「希望」を、この私たちの社会の閉塞感の中に見出していく。優れた映画だ。

監督:青山真治  出演:多部未華子
2020年10月27日鑑賞

ありがとうございます。サポート頂いたお金は今後の活動に役立てようと思います。