#9 LOOP BLAKE 第1章 異世界 第8話 「血に染まる刃と剣士の苦悩」
激しい戦いを生き残った藍川光男と竜賀の2人は燃える木の明かりに照らされる中ゆっくり立ち上がりながら呼吸を整えていた。
光男「竜賀…とりあえず荷物を拾ってから、ここを離れよう…どんどん火が回って来てるし、この煙に気付いてハドノア連合の部隊が俺達を見つけに来るかもしれない」
竜賀「……うん…」
竜賀は力が抜けたようにそう呟くと、なるべくワイルズの死体を見ないようにしながら茂みを掻き分けて、自分の荷物を落とした場所まで取りに行った。光男は竜賀の姿が薄っすら見えるのを確認しながらワイルズの遺体のそばに近寄った。木に刺さったままの遺体の右腕のドリルを木から引き抜き、遺体を両手で抱えながらをゆっくり地面に横に倒した。
光男はワイルズの頭を貫いた血塗れの日本刀の柄を右手で握り、遺体の頭部を左手で固定しながら慎重に刀身を引き抜いていった。刀はまるで何の抵抗感も無く容易に引き抜けた。
刀を完全に抜ききり、立ち上がって刀身を火の光を当てながら、光男はじっくり刀を観察してみた。
光男「今までも色んな型の日本刀を見てきたが…こいつは全く見たことが無い型だな……刀身が青い刀なんて聞いたことないし…しかも刃紋がこんな不規則な炎みたいな形なんて…」
光男がしばらく刀の刃を見ていると刀身に付着していた赤い血が刀に吸い取られる様に跡形も無く消えていった。光男はその光景に驚愕した。
光男「この刀…人の血を吸ったのか…!?」
光男はその時竜賀の言葉を思い出した。
竜賀『そんな…こんな…はずじゃ…はぁ…はぁ…』
光男「あの竜賀の言葉は本当ならこの刀の正体は“妖刀”の可能性が高いな…人の血を求めて殺戮を繰り返す呪われた刀剣…」
そして光男はワイルズ、ローグ、ヒューズの遺体にそれぞれ近付いて、マルチセルラーをポケットから抜き取って、それを自分の上着のポケットに忍び込ませた。
光男は竜賀の方に向くと、丁度竜賀が自分と父親の荷物を持って、こっちに向かって歩いて来た。
竜賀「父さん…向こうに置いてあった荷物持って来たよ…」
光男「ああ…ありがとう」
光男はそばに落ちていた鞘を拾い上げると、刀を鞘に収めた。
竜賀「それ…やっぱり持って行くの?」
竜賀は不安そうに刀を見ながら問いかけた。
光男「竜賀…最後に確認するが…」
光男は竜賀の目を真っ直ぐ見据え、
光男「本当にお前はワイルズを殺そうとして自分の意志で刀を振り上げた訳じゃないんだな?」
光男は竜賀の言葉というより、竜賀にこの質問をぶつけた時のリアクションを待っていた様に、竜賀の顔を見ていた。
竜賀はハッとした様に父親の目を見て、ゆっくり視線を地面に落とした。
光男「どうなんだ?…本当のことを言って欲しい」
光男は再び竜賀に優しく問いかけた。竜賀はしばらく黙っていたが、ゆっくり話し始めた。
竜賀「今…はっきりさっきのことを覚えてないけど…本当に…ワイルズを殺そうとか…刀で追い払おうとかも全然考えてなかった…とにかく自分が死ぬって…ことだけ考えてたから…」
そして竜賀は握り拳をギュッと音がしそうなくらい強く握り締めて
竜賀「だから本当に殺意があった訳じゃなかったんだ…!!」
最後は必死に父親に言い訳をする幼な子の様に訴えかけた。光男は竜賀の様子を見てーーー
光男「…分かった」
竜賀「!…信じてくれるの?」
あまりにもあっさりした父親の返答に対して、竜賀はかなり拍子抜けしてしまった。
光男「他の人がどう言おうと父親である俺だけはお前のことを、ちゃんと信じてるよ」
それだけ言うと竜賀の持っていた光男の荷物を受け取り、あたりを見回すと竜賀を急かした。
光男「さあ!!さっさとここから離れるぞ!!話なら歩きながらでもできるからな!!」
竜賀「えっ?ちょっ!ちょっと待ってよ!?」
光男がマルチセルラーを取り出し現在位置と目標地点を確認すると早歩きでその場を立ち去って行った。それを追い掛ける様に竜賀も駆け足で去って行った。
ーーーーーそして、火が燃え広がる森の中では黒煙が天に高く舞い上がり、あたりの木々を灰と炭に変えていっていた。先程戦闘が行われていた場所には3人の適能者の屍が転がっており、折れた竹の竹刀が地面にあった。
燃え盛る紅蓮の炎がその3人に迫って来た時に、炎の一部がまるでモーゼの十戒の海の様に突如、両側に炎が割れた。
その割れた炎の間から人影が現れた。その人影が徐々に3人の遺体に近付いて来た。
人影は炎を抜けて来るとヒューズとローグの遺体に近付きしゃがみ込むとガサガサと“何か“をしていた。しばらくするとその人影は立ち上がり、今度はワイルズの遺体に近付いて来た。
???「いや〜見つけたよ〜ワイルズ・ダーヴィッチ君?さっきの2人は霊段階3の雑魚だったけどーーー」
その人影はワイルズの遺体の前に仁王立ちすると、まるで上等な獲物に巡り会えた狩人の様に目を光輝かせながら見下ろしていた。
???「君は中々お目にかかれない霊段階6だからね〜探したよ〜」
謎の男はしゃがみ込むと、遺体として何も出来ず横たわるワイルズに手を伸ばした。
また…“何か“が始まった…
???「ミーモスト一味がいるって言う情報を掴んだから、いざさっきガートシティに行ってみたらさ〜ハドノア連合が先に乗り込んでて、街を火の海にしちゃってて焦ったよ〜」
動かぬ屍を手で弄り回す、その異様な光景に似合わない呑気な声で独り言を呟いていた。
???「灰になった死体から“能力”は奪えないからさ〜でもこうやって逃げててくれて良かったよ〜まぁ今もこうやって山火事で燃えそうなんだけどねぇ〜」
そして“何か”が終わると立ち上がり最期にワイルズを見下ろして、必要な用事が終わって満足そうにしていた。
???「ミーモスト一味の幹部でもある君の能力はかなり注目してたんだよ?しかしーーー」
その男はあたりを見回しながら呟いた。
???「ーーー一体全体誰なんだい?俺が来るまでにワイルズ君を殺して動かない状態にしてくれてた親切な神の使いみたいな人は?」
すると謎の男は地面に落ちていた折れた竹刀を見つけて、それを拾い上げた。
???「何だコレ?」
男はそれを手で持ちながら目を瞑ってしばらくじっとしていた。するとーーー
???「……な〜るほどね〜〜あの子か〜!ミチルの言ってた“特異点”って言うのは」
その男は嬉しそうな声を上げると、そばに落ちていたもう1つの竹刀を拾い上げ、再び目を瞑ると
???「しかもこっちの父親の方も無適能者とは言え中々手練れときた」
2つの竹刀を満足そうに見つめると炎の中に竹刀投げ込み、男は来た道とは反対側に向かって歩き出した。
???「霊段階2の状態でワイルズと戦って生き残れるとは上の下ってぐらいの運の持ち主ってところか…ミチル…今回君が異世界から連れて来たこの子は…君が賭ける価値があるくらい面白そうな“何か”がありそうだね〜」
炎が3人の死体に燃え移るほどになる頃には男は森の暗闇に消えそうになっていた。
???「藍川…竜賀…かーーー」
そして男は暗闇に完全に消えたーーーーーー
ーーーー一方その頃ーーー
竜賀は地図の示す通りにグイグイ進んで行く光男について行っていた。先程戦闘をしていた場所から歩き続けて1時間くらいしたところで光男は竜賀に再び話しかけた。
光男「よーし、さっきのとこから大分離れれただろうから、ここいらで休むか?」
竜賀「……うん」
光男は持って来た刀を杖代わりにしてゆっくり近くにあった木に腰掛けた。
光男「疲れたな?ようやくゆっくり休めるな?」
竜賀「…うん…」
光男「のど渇いてないか?余ってるお茶でも飲むか?」
竜賀「…いいよ…」
光男「………」
竜賀「………」
2人の間に気まずい沈黙が流れていた。聞こえるのは大自然の夜の生き物達の鳴声くらいだった。
光男「竜賀…」
竜賀「…?」
光男「こういった真剣を握るのは初めてだったんだろ?」
竜賀「…うん…」
光男「初めて使う武器なのに何で自分は扱えるって思ったんだ?」
竜賀「それは…!!」
竜賀は一番痛いところを突かれた顔をした。
竜賀「俺はただ…父さんを助けたくて…ただ必死で…」
光男「竜賀が父さんを助けたくて動いていたのはちゃんと分かってるよ。竜賀は優しい子だって知ってるから。父さんが今言ってるのはーーー」
竜賀の言葉をあえて遮った。
光男「何であの時使ったこともない真剣を使えると思ったのか?ってことだよ…もしあの時出て来た武器が取り扱いの全く分からない物だったら使おうとすら思わなかったはずだ」
光男は手に持っていた刀を見つめながら、鞘から少し刃を抜き出した。
光男「竜賀…お前が扱い慣れてる武器はあくまで竹刀だったはずだ。本物の真剣じゃない」
竜賀は光男の言葉の真意を察すると目を逸らした。
光男「竹刀は本気で振って叩いたとしても、当たりどころが余程悪くない限りは人を殺す凶器にはなり得ない……でも真剣は違う」
光男は徐々に言葉に力を込めて話し出した。
光男「真剣を扱う訓練や稽古もしたことないのに何故自分はコレを使えると思ったんだ?」
竜賀「それは……」
光男「それは?」
竜賀「俺は竹刀も刀も一緖だって思い込んでたから…」
光男「一緒?」
竜賀「…毎日毎日父さんと剣道の稽古をしてて、しかも実戦に近い稽古まであんなに練習してたんだって自信があって…」
光男「自信…?」
竜賀「竹刀は刀をモチーフにして作られた道具だから、毎日竹刀を握ってる俺に扱えない訳がないって思ってたんだよ…!!でも…!!」
竜賀は拳を再び握りながら、必死に言葉を吐き出した。
竜賀「実際は全然違ってて、刀の重さがそもそも違い過ぎる上に、いざワイルズと向かい合ったら手の震えが止まらなかったんだ…県大会で優勝までしたはずなのに……それに…」
光男「それに?」
光男は自分の言いたい事を必死に押し殺して、今は息子に言いたいことを全部言わせてあげることにした。
竜賀「父さんが目の前で殺されそうになってた時に…俺がワイルズを止めなきゃって考えてたら身体が思うように動かなくなっちゃったんだ…試合の時みたいに身体が自分の思った通りに動かせない!ブンブン無様な大振りばっかりで普段通りの打突が全然打てない!最後ワイルズを殺しちまった時だって手足に全然感覚が無くて刀を持ち上げる力も無かったんだよ」
竜賀はしゃべっている知らず知らずの内に自分の目から涙がポロポロ落ちていたことに気付いた。光男はその様子をただ静かに聞いていた。
竜賀「本当はワイルズを殺そうなんて全然思ってなかったのに刀が勝手に動き出したのか、自分の身体が勝手に反射的に動き出したのか、それも全然分かんなくて!!自分の意志で!!自分の身体を思ったように操作が出来なくなってたんだ!!」
竜賀は自分の感情も制御できなくなったのか、嗚咽が止まらなくなっていた。そして竜賀は最期に一言絞り出すように呟いた。
竜賀「俺は…本当は…人を殺したくなんかなかったのに……」
光男は涙を流す竜賀をしばらく見つめて、そして問いかけた。
光男「……悔しいか?」
竜賀は光男の質問にしばらく俯き黙っていたが、ゆっくり首をコクリと縦に振った。
光男「なぁ竜賀…お前の夢って何だったっけ?」
竜賀「……世界最強の剣士になること…」
光男「今日のお前は自分の思い描いた剣士の姿になれていたか?」
竜賀は首を横に振った。
光男「…竜賀…お前は竹刀でローグとゲイドの2人に対してたった1人で戦えていたよな?あの時お前は確かに戦闘の緊張感があったかもしれないが、普段の剣道の試合と同じくらいちゃんと実力を発揮できてたと思う……竜賀…お前はあの時多分イップスにかかっていたんだと思う」
竜賀はその言葉にようやく顔を上げ光男の顔を真っ直ぐ見つめた。
光男「大の大人2人を相手にしてもしっかり戦えていた小学6年生が、触ったこともない真剣を握った瞬間普段通りの実力を全く発揮できず、謎の緊張状態に陥り身体が言う事を聞かなくなってしまい自滅してしまう、主にスポーツ選手がなる運動障害だよ」
竜賀「イップス…なんか聞いたことある…その病気になったプロスポーツ選手が何人も引退に追い込まれるって…」
光男「ああ…お前の話を聞いて、ようやく合点がいったよ…お前は俺を助ける為にワイルズを殺そうとしたんじゃない…殺さず何とかしようとしたけど恐怖症になって身体が言うことを聞かなくなってただけだ…」
竜賀「…そんな…」
光男「問題はここからだ……竜賀…お前…これからも剣道を続けたいか?」
竜賀「え?」
光男「恐らくお前はまた剣道をやる時に竹刀を握っても、今日起きた出来事を試合の時も思い出して本来の実力を全く発揮できず自滅することになる…」
竜賀「そ…そんな事無いって!!今日みたいな真剣での殺し合いならまだしも!剣道の本番の試合の時も恐怖症になるなんて!!」
光男「でもこれは事実だ…お前は恐らくこのままじゃ竹刀もまともに握れなくなる……お前は自分の夢を叶えられなくなる現実を味わう…大好きな剣道を諦めなければならなくなる…」
竜賀「何で…何でそこまで言われなきゃならねぇんだよ!息子に向かって諦めろなんて!それでも父親か!!」
竜賀は光男に対して今までに感じたことのない怒りを覚えた。自分が「世界最強の剣士になる夢」を諦めろと言ってくる父親に対して。
光男「だったらもう一回俺と勝負して確かめてみるか?」
竜賀「勝負…?」
光男は刀を持って立ち上がって、上を見上げながら木の枝を吟味していた。そして丁度良い木の枝を見つけたのか、その木の下に行き、刀を抜き枝を2本切り落とした。
光男「お前は真剣じゃなければ良いって言ったな?ならこれで勝負しようじゃねぇか。竹刀も折れて無くなっちまったしな」
光男は2本の枝を手に取ると、それを刀で皮の部分を削り出し始めた。
シャーッ!…シャーッ!…シャーッ!
枝はまるでニンジンをピューラーで皮剥きする様に滑らかに何の抵抗感も無く削られていった。
光男「この刀凄え切れ味だな…!全然切ってる時の抵抗感がねぇぞ」
竜賀はその様子をじっと見ていた。最初は光男の意味不明な行動に困惑していたが、枝が徐々に“ある物“の形に成っていっていた。それを見てこれから起きる事を想像した竜賀は光男に問い掛けた。
竜賀「もしかして“木刀”で勝負しようって言うのかよ?」
光男「おお!よく分かってるじゃねぇか!」
光男は枝を2本とも刀身の長さ・切先の形・柄の大きさも整えると、竜賀に木刀を投げつけた。
光男「ほらよ」
竜賀「!」
竜賀が光男から投げ渡された木刀をキャッチするのを見ると、光男はもう1本の木刀を持ち竜賀に向かい合った。
光男「後こいつも一緒に返しとくか」
光男は刀を鞘に収めるとそれも竜賀に投げ渡した。竜賀はこれも受取った。
光男「この際だからどっちを使っても構わねぇ!俺が木刀を持てない状態にするか、もしくは俺の膝を1回でもつかせれば竜賀の勝ち!だがもしそれまでに竜賀が膝や背中を100回ついたらお前の負けだ!」
竜賀「……はぁ!!?」
To Be Continued
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