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それただの個人の体験談!?という批判

ある留学生の方のツイッターのアカウントが消える

個人的に、ショッキングな事件でした。私も40過ぎた冴えないおっさん、そして海外留学経験はあるけど、その子のような「一流」大学にはいけず、自分が思い描いた「壮大な理想」からすると今もぱっとしない人生でもあります。そうすると嫉妬の気持ちも当然湧いてくる。だけど、やっぱりまだまだ20くらいの若者です。何があっても暖かく見守ってあげるのが、すくなくとも良い社会ではないでしょうか?それなのに、書評には溢れんばかりの批判、☆1つの評価ばかりではなく、そこにつく数百の「いいね!」を見ると、正直心がざわつきます。そりゃ、アカウントも消したくなるよね

今回の批判を見て思う、知性を問われる可能性

本への否定的な書評を見ていると、「おまえの個人的な体験」は参考にならないというものです。この批判は、個人の好み(あなたが好き、嫌いといっている以上の)何も意味をなしません

なぜか?

少し話それますが、最近、科学的に正しい筋トレという本を読みました。40過ぎてさすがに運動再開しないと「ヤバい」っておもったからです。筋トレの本で下記の図がでてくるんです。

出所:科学的に正しい筋トレの教科書 P10

リサーチなどの結果の信頼性は、
メタアナリシス

RCT

観察研究(Observational Study) 介入せずに結果を事後から追う研究
(>ケーススタディ)
>専門家・個人の意見・経験

これを知っていれば、そもそも個人の意見や経験ベースの書籍であるのは明らかですから、誰が書いても、「役には立たない」わけです。この人が書いた本だから「役には立たない」のではなくて、誰かの体験談や意見を盲信してはいけないんですよってことです。それをケーススタディに昇華できるかどうかは、四隅(極端な例)を抑えられているかどうか。両端をはさんでいれば良質なケーススタディと言えます。これは、著者というよりは、出版社・編集者の腕のみせどころ。要するに前提を明確にすべきってことです。

であるとすると、アマゾンなどの書評でさんざんに書きなぐっている方は、意見は参考になるべきだ!と考えていて、TVなどでの専門家(専門家ですらない方)の放言(討論??)になれすぎていて、そもそもの前提が間違っている可能性が高いのではないかと思います

私が、ミネルバ大学の大学院に通って、きっと学部の子たちもうけているであろう21世紀の基礎素養、いわゆる21世紀の4C(Critical Thinking, Creative Thinking, Communication, Collaboration)を20歳 前後で受けられるのはすごいなとおもったのは、この研究のピラミッドは私自身は20歳の時はしっかり知りませんでした(理系で、アメリカの大学院で、海外の国立研究所で研究していてもです)。社会人10年ぐらいやってる中では色々な本を読んだりしながら知識として獲得しました

ただ、こういうことを知らないと、筋トレの本の良し悪しも判断できませんし、マスコミに流されて後で騙された!と憤慨する羽目になりますし、おかどちがいな書評を書いてしまいがちです。

そうならないようにしたいな、そして、もっと「尖った」若者を応援できる日本社会だといいなと。出る杭を不必要に打たないでほしいなと思いました。


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