五十億年の嘘

イグBFC2の応募作品なのです。お作法を理解していないままに書いてしまいました。主に、現在の心境です。先に謝罪しておきます。ごめんなさい。

【本文2262w】

 資料の入ったタブレットを電車に置いてきた。公園のトイレで用をたしながらサワタリは、コレはイチダイジでござる、と叫んだ。とにかくタブレットを探さないと。パスワードが1234だからみんな自由に開けられて、データ漏洩も簡単。ホント、勘弁。遠くで名前を呼ぶ声がしたので、慌てたサワワタリは、ケツを拭くのも早々に、億劫だなと思いながらトイレを出て、そこいらを見渡すのだが、何万だか何十万だか知らぬ群集が、一瞬で何千倍にも膨れ上がっている最中だった。ダメ。出られたところで駅までたどり着けないど、これ。とサワワワタリは絶望する。生まれつき絶望しつくした若者たちだの、勤続三十年かなんかでリストラされたバブル人間の集団だの、いつの時代から飛んできたのか知れぬフラワー全開のヒッピーサイケだの、大谷吉継の旗印を掲げた五十人くらいの集団(足軽だけ、槍が危ない)だの、今まで国や権力に文句のひとつも言ったことがない平均年齢二百歳の高齢者クラブの人たち(なんとかゴルフの格好で集まっていやがる)だの。大きく右を眺めると、アホ、糞、ションベンたれ、死んでからコイヤ、オマンコ野郎! なんていうシュプレヒコールを挙げてる奴ら。マスター葉っぱグラムいくら? はい、二百九十万円のお返しね。なんかうるさいなと思って振り返ると、今度は、太鼓やタンバリンなんか叩きながら、南妙法蓮華教南無阿弥陀仏とーちゃんかーちゃんさようなら、なんて題目唱えてる集団が、虹色に光る発光バクテリアを編み込んだ衣装に身を包んでその場で盛んに跳ねてる。こいつら、地球を太鼓にしてるんだ。大騒ぎの只中で、サワワワワタリは、さっきまで自分が用を足していたクソまみれの不潔トイレを、黒づくめの泥棒集団が素早く盗んで持ち去ろうとしているのに気付く。トイレは最近高値で取引されてるから、と隣にしゃがんだ長身の女性が訳知り顔で言う。首都コトブキ村の経済特区高層ビル群の真ん中にある〈九月十六日公園〉は、幾重にも円を描いて集まった群集で溢れかえっていた。しかも、その状態というのはサワワワワワタリが気付くより何ヶ月も前からそこにあった様子だ。あまりに人が増え過ぎるので、公園もどんどん膨張して、コトブキ村全体が埋め尽くされる勢いだ。なんならコトブキ村も膨張している。サワワワワワワタリ的にも、自分の名前呼ばれたところで誰が誰やら解んないし、ここは潔く正しく清々しく正々堂々と正面から諦めて群集のなかで、自分じしんも有象無象のひとつに過ぎない数値になること、何十万、何百万という単なる数字を構成する最小単位になることを選択してしまいそうな気分になる。心の底から可笑しさが込みあげてきて、サワワワワワワワタリは、両手で、偶々目の前にいる少年の首根っこを掴み上げる(た?)。グリッサンド。馬鹿野郎、ダウンするところだったじゃねぇか、ゴングに救われたってことはまだ運は見放してねぇな、とおやっさんが言うが、サワワワワワワワワタリは、そもそも俺は初めて会う得意先と待ち合わせしてて、公園内の創業百八十年の洋食レストランに行く筈だったのに、どうしてムキムキの筋肉仕立ての強そうな上半身裸でリングの上にいるのかと思った。しかもめちゃくちゃ腹減ってるじゃん。死ぬのか? 死ぬのかも知れん。次のラウンドまで十秒を切ってて、観客席では、五歳年上の婚約者ミナコちゃんが、タキシードとドレスに盛装したご両親に挟まれてうるうるとした大きな目で勝負の行方に喰い入るような視線を送っていてる。2009年に北の共和国が打ち上げた光明星2号(サテライト・オヴ・ラヴ)は、近地点高度490キロ、遠地点高度1426キロ、周期104分12秒の楕円軌道上から、将軍様を讃える歌を実に二世紀以上歌い続けている。微妙だ。何しろ微妙過ぎるのだが、青コーナーでは挑戦者のビンゴが、サバンナで獲物のガゼルを狙う母ライオンのような静かに殺気を抑えた目で睨みつけている。これは、何かの罰か? --数学の言語ではなく脳の言語--二次的に取得した言語だよ。海を初めてみた人が、こみ上げてくる感情のうねりを声に出して「う」と言ったとか(吉本隆明)、そんな現象の話じゃないんだ。わかってくれよ、スミ子ちゃん。君が死ぬために睡眠薬を分けてくれないかと電話してくれたとき、七十四秒の旋律と孤独(久永実木彦)と五十億年のウソをついた。ゴングが響いて俺は勢い良く立ち上がる。ビンゴの右ストレートが俺の左側頭葉に超メガトン級の重力で炸裂。しかし反物質の俺はそのパンチとぶつかって核融合の千倍の大爆発を起こす。そして、世界は終った。後楽園ホールを爆心地として、地球が裏返しになったのだ。スフォルツアンド! サワワワワワワワワワタリは、そもそもタブレットなんて実は所有していなかったことを思い出す。そもそも論(笑)でいえば、そう、サワワワワワワワワワワタリは、私だ(P.K.ディック)。所詮、ホースラバーファットをホーラスバーファットと読んでた二十代だから。私は、旧日本製の一介の外惑星探査機に過ぎない。やっとこさ海王星に接近しそうなあたり。打ち上げられてから火星を越えるあたりまでの間、ずっと光明星(サテライト・オヴ・ラヴ)が歌う将軍様を讃える頌歌を受信していた。二年間ずっとだ。それからも延々と旅を続け、木星と土星のスウィングバイを使って、実に三十年が経過した。小学生が立派な糖尿病患者に仕上がるくらいの年月だ。ていうか、五十過ぎてこんなもん書いてたら、ただのバカ! (了)


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