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【書籍】困難を乗り越える心の支え:佐藤愛子に学ぶ美しい記憶の大切さ

 『人生百年時代の生き方の教科書』(藤尾秀昭監修、致知出版社、2024年)から、「人生は美しいことだけ覚えていればいい 佐藤愛子(作家)」p14を取り上げます。

 佐藤氏は、自身の人生において言葉が先に存在し、それが自分を導いてきたという経験は少ないと述べています。むしろ、自分の人生が先にあり、その中で経験や気質に合う言葉に出会った時、その言葉が大きな支えとなり力づけられることがあると感じています。つまり、人生の流れに沿って自分に響く言葉に出会うことで、初めてそれが心の杖となる、という考え方です。

 特に印象的だったのは、沢田美喜さんの「人生は美しいことだけ覚えていればいい」という言葉です。沢田さんは、エリザベス・サンダース・ホームを設立し、戦災孤児や混血孤児を数多く育てた方として知られています。佐藤氏は、あるテレビ番組で沢田さんがこの言葉を語る場面を目にし、非常に感銘を受けたと振り返ります。そのエピソードでは、ホームで育った黒人の混血孤児がアメリカに渡り、実の父親と再会しようとしますが、父親は喧嘩が原因で監獄に入っており、その青年は失望し、心を痛めながらニューヨークの公園のベンチで沢田さんが来るのを待っていました。沢田さんが公園に現れると、青年は彼女の姿を見るや否や駆け寄り、抱きついて泣き出します。その時、沢田さんは彼に「泣いてはいけない、人生は美しいことだけ覚えていればいい」と優しく声をかけたのです。この一言が、その青年の心を救い、勇気づけたのだと佐藤氏は感じ、非常に感動的な場面だったと述べています。

 また、佐藤氏は「美しいことだけを覚えて生きる」という考え方について、人生を長く生きてきた経験を通して、その真実を実感しているとも述べています。楽しいことや嬉しいことはもちろん心に残りますが、さらに強く心に刻まれるのは、美しい自然や人の美しい心に触れた瞬間だと言います。そうした美しいことだけを心に留めて生きることができれば、どんなに苦しい状況でも人生は捨てたものではない、という思いが湧いてくると感じているのです。沢田さんの言葉がまさにそのことを体現しているとし、彼女の言葉に深い共感を抱いたことを語っています。

長いこと生きてくると、いろいろな経験をしてきますけど、楽しいことよりも、美しいことのほうが心に残るということが分かります。美しい自然、人の美しい心。そういう美しいことだけ覚えていれば、人生捨てたものじゃない、というふうに思えるわけでしてね。さすがに沢田さんはいいことを言われるなあと、感銘を受けましたね。

『人生百年時代の生き方の教科書』(藤尾秀昭監修、致知出版社、2024年)p16より引用

 さらに、佐藤氏はアランの『幸福論』にも触れ、「上機嫌」を大切にするという考え方を紹介しています。アランの著作の中にある「たまたま道徳論を書くとしたら、私は上機嫌ということを義務の第一義に置くだろう」という言葉に深く共感し、自分もこの考えを大切にしていると言います。我々は日常生活の中で、些細なことに腹を立てたり、不満を抱いたりしがちですが、そうした時に「上機嫌」を保つことを心がけると、生きる力が湧いてくると佐藤氏は考えています。

 また、自分はしばしば怒りっぽい人間だと知られているようですが、実は怒る時にも上機嫌でいようと努めていたと振り返ります。上機嫌で怒るというのは、単に声を荒げるだけではなく、怒りの感情が後に尾を引かないようにすること、つまり怒りを引きずって憎しみや怨みを残さないことが重要だという考え方です。

 佐藤氏は、怒りという感情を上機嫌の中で処理することで、心の中に余分な感情の残り火を抱えずに済み、これまで元気に人生を歩んでこられたのだと語っています。彼女の考え方には、前向きな人生観が感じられ、困難な状況にも美しいものを見出し、それを力に変えて生きる姿勢が反映されています。

人事の視点から考えること

 従業員の感情管理やメンタルヘルスのサポート、さらには職場文化の向上に至る多くの示唆を見出すことができます。このエッセイが伝えるメッセージは、困難な状況に直面しても前向きな心の持ち方を保つことが重要であり、その考え方は現代の企業においても大いに適用可能です。
 特に、従業員がストレスを感じやすい現代社会において、人事が果たすべき役割がより一層重要になってきています。ここでは、いくつかの具体的な視点から、どのようにこの考え方を人事施策に反映させることができるかを考えてみます。

1. ポジティブな職場文化の醸成とメンタルヘルスのサポート

 佐藤氏が述べる「美しいことだけ覚えて生きる」という言葉は、職場においても大変有効なメッセージでしょう。特に、現代の職場では、従業員がストレスやプレッシャーにさらされることが多く、心の健康が脅かされる場面が増えています。ここで重要になるのが、企業として従業員がポジティブな視点を持ち続けられるような職場環境を作り上げることです。

 これは、職場内でのポジティブなコミュニケーションの推奨や、成功体験や小さな成果を積極的に称賛するカルチャーの構築に繋がります。従業員が自身の努力や成果を正当に評価され、フィードバックを受けることで、困難な状況でも前向きな気持ちを持ち続けやすくなります。

 例えば、社内のメンタルヘルス研修やフィードバックセッションを定期的に開催することで、従業員が心のケアを意識的に行える環境を整えることができます。また、ポジティブな言葉や感謝の表現を日常的に用いることが推奨される職場風土を作ることで、従業員のモチベーションやメンタルヘルスの向上を促進することが可能です。

2. 上機嫌と感情管理を重視したリーダーシップの推進

 佐藤氏がアランの『幸福論』から引用した「上機嫌を義務の第一義に置く」という言葉は、職場におけるリーダーシップのあり方に非常に強い影響を与える考え方です。リーダーやマネージャーが上機嫌であることは、組織全体の雰囲気や従業員のパフォーマンスに直結します。

 上機嫌でいることは、単に楽観的でいることを意味するのではなく、リーダーとしての感情の安定と冷静な判断力を示すものです。これを企業に導入するためには、リーダーやマネージャー層に対して感情管理の重要性を理解させ、適切に感情をコントロールできるトレーニングを提供することが求められます。

 特に、リーダーが自らポジティブな姿勢で業務に取り組み、感情を上手くコントロールすることで、部下にもその姿勢が伝播し、職場全体が前向きな雰囲気になります。

 また、リーダーが率先して部下の感情に寄り添い、必要に応じてサポートを提供することで、従業員のエンゲージメントも向上します。リーダーが上機嫌を保つことは、リーダーシップとしての質を高め、従業員に安心感と信頼を与える重要な要素となります。

3. 感情の健全な表現をサポートする職場作り

 佐藤氏の「怒る時も上機嫌で」という表現は、職場における感情の健全な表現についての重要なメッセージを含んでいます。職場では時にストレスや不満が蓄積し、従業員が感情を抑えることが難しい状況が発生します。しかし、感情を健全に表現し、対話によって解決することができる環境を整えることで、従業員が感情を引きずることなく前向きに業務に取り組むことが可能です。

 これを実現するためには、人事部門がメンタルヘルスのサポート体制を強化し、感情を適切に発散するための仕組みを導入する必要があります。例えば、定期的な感情管理のワークショップや、ストレス管理のためのリラクゼーションプログラム、カウンセリングの提供が有効です。

 また、上司が部下に対して定期的にフィードバックを行い、感情や不満を対話を通じて解消する機会を提供することも大切です。これにより、従業員が自分の感情を健全に発露し、心の中にネガティブな感情を溜め込まないような職場環境を整えることができます。

4. ポジティブリーダーシップの導入によるモチベーションの向上

 ポジティブリーダーシップは、組織の成長やチームの結束を強化する上で非常に効果的です。リーダーがポジティブな態度で部下をリードし、困難な状況でも前向きな視点を持ち続けることは、チーム全体のモチベーションを高め、パフォーマンスを向上させる要因となります。ポジティブリーダーシップを実現するためには、リーダーシップ研修やワークショップを通じて、リーダー自身がポジティブな態度を学び、それを実践することが重要です。

 リーダーがポジティブな言葉で部下を励まし、感謝の気持ちを示すことで、チームメンバーも前向きな気持ちで仕事に取り組むことができるようになります。これにより、職場全体の士気が高まり、結果として企業全体の成果も向上します。

5. 心理的安全性を高める取り組み

 「美しいことだけ覚えていればいい」という佐藤氏の言葉は、職場における心理的安全性の確保にもつながる重要な示唆を含んでいます。心理的安全性とは、従業員が安心して自分の意見や感情を表現できる環境を意味します。従業員が安心して意見を述べ、挑戦や失敗を恐れずに行動できる環境は、職場のエンゲージメントや生産性を高めるために不可欠です。

 人事部門としては、心理的安全性を高めるための制度や取り組みを積極的に推進し、従業員がストレスや不満を感じた際に、気軽に相談できるような体制を整える必要があります。例えば、定期的なフィードバックセッションや、チームビルディングのイベント、オープンなコミュニケーションを促進するプログラムなどが効果的です。従業員が心理的に安全だと感じる職場では、イノベーションや創造性が高まり、組織全体の成長を後押しします。

まとめ

 人事の視点から見ると、佐藤愛子氏のエッセイが伝えるメッセージは、従業員の感情管理やメンタルヘルスのサポートにおいて非常に有益です。ポジティブな職場文化の醸成、上機嫌を保つリーダーシップの推進、感情を健全に表現できる環境の整備、ポジティブリーダーシップの導入、そして心理的安全性を高める取り組みを通じて、組織全体のパフォーマンスや従業員の満足度を向上させることが可能です。

 人事部門がこれらの視点を取り入れることで、従業員一人ひとりが美しいことを心に留め、困難な状況にも前向きに対処できるような環境を整えることが、企業の成長にとって大きな鍵となるでしょう。

穏やかで美しい情景を描いています。夕陽に照らされた公園のベンチに座り、落ち葉が舞う中で人生の美しい瞬間に思いを馳せる姿が印象的です。静けさの中に希望と内なる強さが漂い、前向きな感情が心に響くようなシーンです。



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