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【書籍】人事の時代:組織と個人を支えるシン・人事の研究ー田中聡さん、中原淳さん『シン・人事の大研究』より

 田中聡さん、中原淳さんの『シン・人事の大研究ー人事パーソンの学びとキャリアを科学する』(ダイヤモンド社、2024年)を拝読しました。

 私自身も社会人以後、25年あまり、一環して人事業務に従事してきましたが、私が社会人になりたての頃と比べると、人事に対する期待は高まっていますし、また、それだけに難易度も増していると感じています。そんな状況で、ではどうしていけば良いのか、具体的な指針を与えてくれる一冊となりました。自身の考察を加えながら読み進めていきたいと思います。


序章:人事の時代

 現代は「人事の時代」と言われるほど、私たちは「人と組織の課題」に直面しています。朝のニュースでは賃上げの話題が流れ、通勤中の広告では転職フェアの案内が目に入り、カフェやコンビニでもスタッフ募集の掲示が見られます。これらはすべて「人と組織の課題」の一端です。著者も、これほどまでに社会が「人と組織の課題」に覆われている時代はかつてなかったとしています。確かに、人事の話題がない日というのは少ないかも知れません。

 長年にわたり人と組織の研究を行ってきた著者たちは、現在がまさに「人事の時代」であると述べています。人材開発・組織開発を専門とする彼らは、企業が直面するさまざまな問題に対して、人事担当者と協力して解決策を模索してきました。若手社員の早期離職やエンジニア部門のエンゲージメント低下など、具体的な課題に取り組む中で、人事パーソンが最もストレスを感じ、ケアを必要としている存在であることに気づいたのです。

多様化・複雑化する人事業務

 人事の仕事は、多様化し、さらに複雑さを増しています。HRテクノロジーの導入に伴い、人事パーソンはデータ分析スキルも身につけなければならなくなりました。また、経営のグローバル化によって、異なる文化的背景を持つ従業員が一つのチームとして協働するために、異文化理解とともに、各国の労働法制や雇用慣行についても深い知識が求められるようになっています。
 しかし、このような複雑で多岐にわたる課題に立ち向かいながら、人事パーソンたちが社内から受ける評価は必ずしも「温かい」ものばかりではありません。時には「やって当たり前でしょ?」といった冷たい反応が返ってくることもあります。私たちの調査では、この「社内で正当な評価を得られにくい環境」が、人事パーソンの精神的・肉体的疲弊を助長する要因になっていることが明らかになりました。私自身も、「できて当たり前、できない、ミスをするとお叱り受ける」という経験を何度もしてきました。

自分自身のウェルビーイングを確保できているか

 さらに、人事パーソンが自身のキャリア開発や学習に必要な時間を確保することが難しい現状も、彼らの負担を増大させています。人事パーソンは数多の課題解決に追われながら、社員と事業の成長を下支えしつつ、同時に自らの成長にも向き合う必要に迫られています。このように山積みになっている「人と組織の課題」に埋もれ、昨今は時にバズワードに振り回されながら、精神的にも肉体的にも余裕を失っている人事パーソンを目にして、著者たちは次のような疑問を抱くようになりました。

 社員のウェルビーイング向上を担当する人事パーソンは、自分自身のウェルビーイングを高く保てているのだろうか?社員の成長を支援している人事パーソンは、自分自身も成長を実感しながら仕事をしているのだろうか?社員のキャリア自律を支援している人事パーソンは、自分自身も主体的にキャリア形成に取り組んでいるのだろうか?

「人事パーソン」に注目

 関連する先行研究を調べてみても、「人事部」という組織の機能や役割に関するものはたくさんありますが、「人事パーソン」という個人の学びやキャリアの実態を体系的に論じた研究はこれまでありませんでした。それもそのはずです。企業においては、営業や研究開発などの利益に直結する部門で働くビジネスパーソンの学びやキャリアが優先され、それを支える立場である人事パーソン(人事部門に勤める個人)の学びやキャリアは常に「後回し」にされてきました。
 現場で日々悪戦苦闘している人事パーソン個人の声に、もっと耳を傾ける必要があるのではないか。著者たちは、アカデミアの力で、人事パーソンの役に立つことができないかという思いを持って執筆したとのことです。

 人事パーソンの学びとキャリアの実態を解き明かすために、著者たちは、会員数33万人を擁する日本最大級の人事向けポータルサイト『日本の人事部』の全面的な協力を得て、「シン・人事の大研究」と題する共同研究を実施しました。2022年2月に実施した「人事パーソン全国実態調査」には、少なからぬ反響があり、わずか1か月足らずの間に1514人もの人事パーソンが協力したとのこと。本書は、その調査結果に基づき、そこから見えてきた人事パーソンの現実を伝えるものです。

人事パーソンの現状を探っていく

 人事パーソンに「閑散期」は存在せず、常に多忙を極めています。新卒採用は「季節イベント」から年間を通じて行われるものになっています。中途採用を常に行っている会社も少なくありません。私自身も採用業務に携わっていますが、多くの人材が必要、そして「超売り手市場」の中で、採用業務のボリュームは増しています。
 そして、従来の業務に加えて、人的資本経営やジョブ型雇用、リスキリングなど、実にさまざまな新たな課題が社会から投げかけられています。

 冒頭で述べた「人事の時代」とは、「人事が経営にインパクトを残すことのできる希望に満ちた時代」である一方、ともすれば「人と組織の課題に振り回される時代」でもあります。

 新たな課題に対応していくためには、専門性を高めるための学びが不可欠ですが、前述のとおり、実際には人事パーソンの学びやキャリアは「後回し」にされがちです。人事パーソンは、事業部門で働く従業員の学びやキャリアを充実させることには熱心に取り組む一方、自分自身については十分に考えてこなかったのではないでしょうか?

 しかし、絶えず変化する社会の中で、この先も人事パーソンとして働き続け、成果を出し続けるためには、自分自身の学びやキャリア形成に向き合わなければなりません。本書を通して、自身の学びやキャリアについて考え、そして、行動することが大切です。

 本書は人事パーソンの現在を深く理解し、過去を振り返りながら、未来のビジョンを考えるきっかけを提供するものです。人事パーソンの過去・現在・未来をワンセットで考えるーそのための素材を提供する本とのことです。

第1章:人事パーソンの仕事論

役割の変化

 人事パーソンの仕事は以前よりも複雑化・高度化しています。例えば、HRテクノロジーの導入に伴い、データ分析スキルが必要になり、経営のグローバル化により、異文化理解や各国の労働法制についての知識が求められています。特に、課題解決型の業務が増え、自社に最もフィットする制度や施策を策定し、実行する能力が求められています。

 多くの企業において、人事部門は採用、教育研修、給与計算、労務管理など、機能別に担当が分かれています。このような機能別人事は、人事が年中行事のように決まった業務を毎年繰り返し行うオペレーション中心の業務(ルーティン業務)である場合には、最も効率的な仕組みといえます。オペレーションやルーティングを堅牢に確実にやり切ることも、人事としては、非常に大事なことで、かなりの部分を占めます。

 しかし、現在の人事部が扱う課題は、そのようなルーティン業務だけではなくなってきています。自社だけでなく他社でも先行事例のないような「抽象的で漠然とした人事テーマ」に対して、自社なりに課題を再定義し、自社の経営や組織に最もフィットする制度や施策に落とし込み、実行するような、いわゆる「課題解決型人事」業務が増えてきているのです。

 例えば、「全社でDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する」という課題があったとします。人事に関わる業務として、デジタルスキルを持った即戦力人材の採用、デジタルスキルを学ぶ新しい社内教育プログラムの開発既存の人事ツールのデジタル化と他業務システムとの連携など、多岐にわたるタスクが発生します。
 これらのタスクは、効率や効果を最大化するために、各担当部門で個別に進めるのではなく、一貫した戦略とストーリーのもと、整合性を持って統一的に進めることが重要になります。
 したがって、これからの人事は、採用担当や教育研修担当などの役割にとどまるのではなく、経営課題に対する幅広い視野を持ち、それぞれの機能や施策を組み合わせ、相互に連携しながら、一つのチームとなって難易度の高い課題解決に取り組んでいかなければなりません。

エンゲージメント

 調査によると、人事パーソンは他の職種と比較して、仕事に対するエンゲージメントが高いとのことです。多くの人事パーソンは、人や組織、事業の成長を支えられる点にやりがいを感じています。しかし、仕事の終わりが見えない「エンドレスワーク」や、社内での正当な評価が得られにくい「社内ぼっち」の状況が続いています。私もここは同意するところです。

 人事パーソンの仕事内容が、以前に比べて格段に高度化しているという事実です。しかし、この高度化した人事業務に対して、多くの人事パーソンが十分に対応できているわけではありません。この背景には、主に「思考の壁」と「部門の壁」という2つの問題が存在しているとのこと。

 まず「思考の壁」とは、長年慣れ親しんだ個別業務の思考パターンから脱却できず、新しい視点で経営課題にアプローチすることが難しい状況を指します。具体的には、採用、教育研修、給与計算、労務管理など、特定の業務を長く担当してきた人事パーソンほど、「経営課題に対する人事としての打ち手をデータに基づいて提案する」という状況に直面したとき、行き詰まってしまいがちです。従来のオペレーション人事から課題解決型人事への移行は、なかなかスムーズには進みません。
 確かに、私も部分的に長く従事している業務がありますが、その部分はノウハウはありますが、課題抽出・方向性の設定・具体的な施策のいずれかで行き詰まることがあります。

 もう一つの「部門の壁」とは、同じ人事部門でありながら、採用、育成、労務など、それぞれの専門分野が独立し、相互不可侵的な関係になっている状況を指します。前述したように、高度化・複雑化した人と組織の課題を解決するためには、人事が一つのチームになって、各機能や施策を組み合わせることが重要なのですが、実際にはそのような連携がなかなかできない人事部門も少なくありません。

 さらに、同じ人事部内でも、担当する分野によって序列意識(ヒエラルキー)やムラ意識が根づいています。例えば、SNSで見かける「採用業務だけで年収1000万円を超えるのは難しい」といった俗説や、「企画が最も偉い」「育成はキラキラしている」「労務は離れ小島」「給与は地味」といったステレオタイプが存在します。しかし、いうまでもありませんが、このような序列意識やムラ意識がある限り、人事部門がワンチームとして経営課題に立ち向かうのは難しいでしょう。

人事パーソンの仕事の課題

 人事パーソンの仕事は多くの課題に直面しています。具体的には、若手社員の早期離職、エンジニア部門のエンゲージメント低下などがあります。これらの課題を解決するためには、高度なスキルと柔軟な対応が必要です。あまり世代間ギャップを強調しすぎるのもと思いますが、私自身もこの部分の対応に意外に時間がかかっている感がします。

 さらに、人事パーソン自身が自身のキャリア開発や学習に必要な時間を確保することが難しい現状も、負担を増大させています。人事パーソンは数多の課題解決に追われながら、社員と事業の成長を下支えしつつ、同時に自らの成長にも向き合う必要に迫られています。自身の例を加えると、他の部署と同様、部下のマネジメント業務もあるわけです。

第2章:人事パーソンの学び論

学びの重要性

 人事パーソンは、新たな課題に対応するために、継続的な学びが必要です。しかし、多忙な業務の中で学びの時間や予算を確保するのは容易ではありません。HRテクノロジーやデータ分析のスキルを習得するための学びが必要です。

 例えば、機械学習をはじめとする人工知能(AI)を活用した採用管理システムによって、履歴書のスクリーニングや最適な候補者の選定を自動化し、これまで膨大な時間と労力を要していた書類確認の作業を代行させることができるようになりました。
 また、人事情報システムやタレントマネジメントシステム(人材管理ツール)などによって、これまで個別に管理されていた従業員に関するさまざまな情報の一元管理が可能になり、一人ひとりの異動計画や給与計算・福利厚生の管理などの複雑な人事業務プロセスが大幅に簡素化されました。
 最近では、生成AIの活用によって、組織内外からの各所の問い合わせ業務が、自動化・チャット化され始めています。

経験学習が重要

 現場で新たな課題に直面しながら学び、課題解決に取り組む「経験学習」が重視されています。ハイパフォーマーな人事パーソンほど、職場での学びに積極的です。また、学習転移(学んだことを実際の業務に活かすこと)が重要です。

 HRテクノロジーの発展に伴い、従業員や組織に関する膨大なデータが蓄積されるようになりました。しかし、それらのデータを有効に活用するためには、高度なデータ分析スキルが必要です。データ分析を活用して、従業員のエンゲージメント向上や業績向上を実現するための施策を立案・実行する能力が求められます。データ分析スキルを身につけるためには、日々の業務の中で実際にデータを扱いながら学ぶ「経験学習」が重要です。

 さらに、グローバル化が進む中で、多様な文化や背景を持つ従業員とのコミュニケーション能力や異文化理解も不可欠です。異文化間のコミュニケーションに関するスキルを身につけるためには、実際に異文化の環境で仕事をする機会を通じて学ぶことが効果的です。
 例えば、海外拠点への赴任やグローバルプロジェクトへの参加など、実際の業務を通じて異文化理解を深めることが重要になってきています。

 経験を通じて学びを深める「経験学習」は、人事パーソンのスキル向上に欠かせない要素です。実際の業務を通じて得られる経験から学び、課題解決能力を高めていくことが求められます。

人事パーソンの学びチェックシートをやってみる

 人事パーソンの学びを支援するために、学びのチェックシートやブックガイドが提供されています。これにより、自分の学びの進捗を確認し、必要なスキルを身につける手助けとなります。私も実施してみましたが、正直、反省しきりです。しかし、現状把握をすることができました。

第3章:人事パーソンのキャリア論

キャリア形成

 多くの人事パーソンは、長期的に人事の仕事を続けたいと考えています。若手期、中堅期、ベテラン期それぞれで異なる課題に直面し、それを乗り越えるための方法が紹介されています。

  • 若手期: 迷走しがちな若手期には、指導者のサポートや明確なキャリアプランが重要です。

  • 中堅期: 上昇気流に乗る中堅期には、リーダーシップスキルの向上やチームビルディングが必要です。

  • ベテラン期: 停滞感を克服するためには、新たな挑戦や後輩の指導が求められます。

 若手期には、キャリアの方向性を模索しながら、基礎的なスキルを身につけることが求められます。指導者やメンターのサポートを受けながら、自分の強みや興味を見つけ、キャリアプランを明確にすることが重要です。また、業務を通じて多様な経験を積み、幅広いスキルを習得することも必要です。

 中堅期には、リーダーシップスキルの向上やチームビルディングが重要な課題となります。自分自身の成長だけでなく、チーム全体の成果を最大化するために、リーダーシップを発揮することが求められます。チームメンバーのモチベーションを高め、効果的なコミュニケーションを図りながら、チームとしての成果を上げるためのスキルを磨くことが必要です。

 ベテラン期には、これまでの経験や知識を活かして、新たな挑戦に取り組むことが重要です。業務の停滞感を克服し、自己成長を続けるためには、新たな目標やプロジェクトに積極的に参加することが求められます。また、後輩の指導や育成にも積極的に関わり、自分の経験を次世代に伝えることが大切です。

自己成長

 人事パーソンは、社員の成長を支援する一方で、自分自身の成長にも向き合う必要があります。絶えず変化する社会の中で成果を出し続けるためには、自分自身の学びやキャリア形成に取り組むことが不可欠です。

 キャリアのどの段階においても、自己成長を続けるためには、継続的な学びが欠かせません。新たなスキルや知識を習得し、変化するビジネス環境に対応する能力を高めることが求められます。自己成長のための具体的な方法としては、以下のようなアプローチがあります。

  • フィードバックの活用
     業務を通じて得られるフィードバックを積極的に受け入れ、自分の強みや改善点を把握することが重要です。フィードバックを通じて、自分のパフォーマンスを客観的に評価し、改善点を見つけることができます。

  • 目標設定と振り返り
     明確な目標を設定し、定期的に振り返りを行うことで、自分の進捗状況を確認し、必要な調整を行います。目標に向かって努力する過程で、自己成長を実感することができます。

  • ネットワーキングと学習コミュニティ
     同じ職種や業界のプロフェッショナルとの交流を通じて、最新の情報やトレンドを学びます。また、学習コミュニティに参加することで、互いに刺激を受けながら学びを深めることができます。

まとめ

 本書は、人事パーソンが直面する多様な課題を解決するための知見を提供し、彼らの学びとキャリアの充実を目指しています。人事パーソンが自分自身の学びやキャリアについて考え、行動するきっかけとなることを期待しています。また、企業の経営者や人事部門の統括者にも、人事パーソンの学びを支援するための投資や支援の重要性を考えるきっかけとして役立ててほしいとのこと。

 本書を通じて、私を含めた人事パーソンは自分自身の学びやキャリアについて深く考え、行動を起こすきっかけを得ることができます。また、企業の経営者や人事部門の統括者も、自社の人事パーソンの学びを支援するための投資や支援の重要性を再認識することができるでしょう。私自身も、相当の学びをいただきました。ありがとうございます。

現代のオフィス環境でさまざまな人事プロフェッショナルが仕事に取り組む様子です。大きなスクリーンでデータを分析する人事担当者、会議室で採用戦略について話し合うグループ、候補者と面接を行うエリアがそれぞれ見られます。ガラスの壁やエルゴノミック家具、緑を取り入れた植物など、清潔で現代的なデザインのオフィスで、忙しいながらも協力的な雰囲気が強調されています。これは今日の「人事の時代」における多様で複雑な人事業務を示しています。


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