【書籍】心理的安全性とエンゲージメント向上:矢野圭夏氏の「場づくり仕事術」を人事視点で読み解く
矢野圭夏著『場づくり仕事術』(明日香出版社、2022年)を拝読しました。人々が集まる場をいかにして効果的に構築するかを探求する一冊です。この本は、会議やセミナー、イベントなどの場をただ進行させるだけでなく、参加者に「また来たい」と思わせるような魅力的な場にするための方法や心構えを具体的に解説しています。
一方「場」ということを考えたとき、人事視点でも、そして誰においても関係あるのではないか、ということで読み進めていきました。大変有用であると感じたところです。
1. 場づくりの重要性とその背景
「場づくり」という概念は、単なる会議の進行や管理ではなく、参加者が積極的に関与し、心地よく感じる環境を作り出すことを指します。矢野氏は、自身の講師としての経験を通じて、ただ情報を提供するだけではなく、参加者が主体的に学び、意見を交換できる場の重要性を強調しています。参加者が「また行きたい」「もっと話したい」と感じる場と、「もう行きたくない」と感じる場の違いは、まさにこの「場づくり」にかかっていると述べています。
例えば、社内会議やセミナー主催、あるいは地域活動など、さまざまなシチュエーションで私たちは場を作り出す機会に直面します。その際に「場づくり」の視点を持っているか否かで、結果や参加者の満足度には大きな違いが生まれます。場づくりは、人間関係を深めたり、集団の成果を最大化したりするだけでなく、参加者一人ひとりの自己実現を助ける強力なツールとなるのです。
2. 場づくりの基礎知識とその要素
「場づくり」を成功させるためには、事前の準備や計画が非常に重要です。矢野氏は、場を設計する際に押さえるべき6つの要素を提示しています。これは、考えられているようで意外にできていない感があります。きちんと整理しながら進めることで、良い場づくりになるのではないでしょうか。
意図(Intention)
なぜその場を作るのか、その場の目的や意図を明確にすることが必要です。場を提供する側だけでなく、参加者もその場に対する意図を持っているべきで、これにより、場全体の方向性が定まり、参加者の意欲を引き出すことができます。ゴール設定(Goal Setting)
その場で達成したい成果や目的を設定することが大切です。これにより、会議やセミナーがどの方向に向かっているのか、参加者が何を目指しているのかが明確になります。これが明確でないと、話が散漫になり、時間の浪費につながることがあります。ルール(Rule)
場に参加する全員が守るべきルールを設定することも重要です。これにより、場の秩序が保たれ、参加者が安心して意見を出し合うことができます。例えば、「相手の意見を否定しない」「発言の際は挙手する」など、基本的なルールを設けることで、対話がスムーズに進行するようになります。時間管理(Time Management)
会議やセミナーでは時間の管理が不可欠です。矢野氏は、参加者が集中力を保ち、効果的に学べるように、15分、45分、90分という単位で時間を区切る方法を提案しています。これにより、長時間にわたる集中力の低下を防ぎ、参加者が一貫して高いレベルの参加を続けられるようにします。遊びの要素(Entertainment)
場に「遊び」の要素を取り入れることで、参加者の興味を引き出し、学びの効果を高めることができます。これは単に楽しいだけでなく、参加者の創造性を刺激し、主体的な関与を促すための重要な要素です。コミュニケーション(Communication)
主催者と参加者、または参加者同士のコミュニケーションが活性化することで、場の成果が向上します。参加者同士が意見交換を行う場を設けることで、学びの深さが増し、また新しい視点を得ることができます。
これらの要素をバランスよく取り入れることで、場づくりはただの会議進行や情報提供の場から、参加者が積極的に関与し、意見を交わし、共に学ぶ「共創」の場へと変わるのです。
3. 共創の重要性とファシリテーターの役割
「共創」とは、参加者と主催者が共に場を作り上げることを指します。これは、ただ一方的に情報を提供するのではなく、参加者全員が主体的に関与し、互いに学び合う環境を作ることを意味します。矢野氏は、ファシリテーターの役割を「指導者」ではなく、「学びの場を作る人」と位置づけています。ファシリテーターは、参加者が自分自身で重要なことに気づき、行動を変容させるための支援を行います。
例えば、ある研修の場で、参加者が主体的に考え、行動できるような仕掛けを施すことが大切です。ファシリテーターは、ただ知識を伝えるだけでなく、参加者が自分自身で問題を解決するための道筋を示し、サポートする役割を担います。これにより、参加者は単なる受動的な存在から、自ら考え、行動する主体的な存在へと変わります。
また、共創の場では、参加者同士のコミュニケーションも非常に重要です。参加者が互いに意見を交換し、共通の目標に向かって協力することで、場の価値はさらに高まります。矢野氏は、このような「共創」の場が、参加者の意欲を引き出し、学びの効果を最大化するために不可欠であると強調しています。
4. 具体的なアドバイスと実践事例
本書では、実際の場づくりに役立つ具体的なアドバイスや成功事例も数多く紹介されています。例えば、会議での時間管理の方法や、参加者の意欲を引き出すための「遊び」の要素の取り入れ方など、実践的なテクニックが豊富に解説されています。
矢野氏は、場づくりの中で重要なのは、「参加者一人ひとりの状況や思いを汲み取ること」であると述べています。これは、参加者のニーズや期待を理解し、それに応じた場を提供することが重要であることを意味します。例えば、参加者が発言しやすい環境を整えるために、事前に質問の時間を設けたり、少人数のグループディスカッションを導入したりすることで、参加者の主体的な関与を促すことができます。
また、本書では、オンラインでの場づくりにも言及しています。オンラインの場では、リアルタイムでのフィードバックが難しいため、事前の準備や環境整備が特に重要です。参加者が快適に参加できるように、インターネット接続の確認や、使用するプラットフォームの操作説明など、細部にわたる準備が求められます。
5. 場の設計と意識の持ち方
場づくりの成功には、事前の設計と意識の持ち方が重要です。矢野氏は、先に述べた、「場」を設計する際の6つの要素(意図、ゴール設定、ルール、時間管理、遊びの要素、コミュニケーション)を紹介し、それぞれの要素がいかにして場の質を高めるかについて詳しく説明しています。これらの要素を組み合わせることで、参加者が積極的に関与し、学びの効果を最大化できる場を作り上げることができます。
さらに、場づくりにおいては、主催者だけでなく参加者もその場を共に作り上げる意識を持つことが重要です。これは、参加者がただ「受け身」であるのではなく、「共創」の意識を持ち、自らの意見やアイデアを積極的に発信することを促します。こうした意識の変革が、場の価値を大きく向上させるのです。
矢野氏は、場づくりは単なる会議進行の技術ではなく、人生を豊かにするための重要なスキルであり、誰もが学び、身につけるべきものであると主張しています。場づくりの技術を磨くことで、より良い人間関係を築き、集団としての成果を最大化し、さらに自分自身の人生をより充実したものにすることができるのです。
本書は、会議やセミナーを成功させたいビジネスパーソンや、より良い人間関係を築きたいと考えるすべての人にとって、貴重なガイドブックであり、実践的な手引きです。矢野氏の豊富な経験と具体的なアドバイスが詰まったこの一冊を通じて、「場づくり」の「技術」を学び、実践することは大きな価値があります。
人事視点でも「場づくり」は重要
本書は、ビジネスや教育の現場だけでなく、組織の運営や人材マネジメントにおいても非常に重要な示唆を提供しています。組織の健康やパフォーマンス向上に直接結びつくものであり、人材育成や組織開発の取り組みに応用できるものです。いくつかの観点で考察してみたいと思います。
1. 心理的安全性の確保と組織文化の醸成
本書でも言及している、「心理的安全性」は、現代の組織運営においても非常に重要な要素です。心理的安全性とは、社員が自分の意見を自由に発言できる環境を指します。人事部門としては、この安全性を確保することで、社員が新しいアイデアを提案しやすくなり、創造性やイノベーションが促進される環境を作り出すことが可能です。
例えば、会議やワークショップにおいて、発言の機会を均等に提供し、異なる意見が尊重される文化を醸成することが大切です。これにより、社員が恐れずに意見を出し合い、積極的に参加できる「場」を作ることができます。人事部門は、これを実現するためのトレーニングやファシリテーション技術を社内に導入し、管理職やリーダー層に対してもこれらの技術を学ぶ機会を提供することが求められます。
2. 従業員エンゲージメントの向上
本書で述べられている「場づくり」の考え方は、従業員エンゲージメントの向上にも直結します。エンゲージメントとは、社員がどれだけ組織に対して情熱を持ち、コミットしているかを示す指標です。エンゲージメントが高い社員は、組織の目標達成に向けて積極的に貢献しようとします。
人事部門としては、エンゲージメントを高めるために、社員が自分の意見やアイデアを自由に表現できる「場」を提供することが重要です。
例えば、定期的なフィードバックセッションや1on1ミーティングを通じて、社員の声を聴き、彼らが感じている問題や改善点を理解し、それに基づいて行動することが大切です。また、社内イベントや研修、ワークショップなどを通じて、社員同士が意見を交換し、相互に学び合う機会を増やすことで、エンゲージメントをさらに高めることができます。
3. 効果的な人材育成とキャリア開発の推進
効果的な学びの場を作るための具体的な手法を紹介しています。これは、人材育成やキャリア開発の取り組みにも応用できるものです。人事部門は、社員が主体的に学び、成長できるような「場」を提供することで、組織全体の能力向上を図ることが求められます。
具体的には、トレーニングや研修プログラムの設計において、単なる知識の伝達に終わらず、社員が自分自身で考え、問題を解決する力を養うような環境を整えることが重要です。また、異なる部署や役職の社員が交流できる機会を提供することで、社員の視野を広げ、キャリア開発を促進することも可能です。さらに、メンター制度やコーチングプログラムを導入し、個々の社員が自身のキャリアについて考え、目標を設定し、それを達成するための具体的なアクションを取ることを支援することも効果的です。
4. 組織のダイバーシティとインクルージョンの推進
「場づくり」の概念は、ダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(包摂)を促進するためにも重要です。組織において多様な背景を持つ社員がそれぞれの視点を持ち寄り、自由に発言できる場を作ることは、組織全体の創造性を高め、新たなビジネスチャンスを生み出す可能性を広げます。
人事部門としては、ダイバーシティとインクルージョンを推進するために、様々な意見やアイデアを受け入れる組織文化を育てることが求められます。これには、異なる意見を尊重し、偏見や差別を排除するためのポリシーを策定することや、社員全員が平等に発言できるような場を提供することが含まれます。また、社員が異なる背景や文化を理解し、共感する能力を高めるための研修やワークショップを開催することも重要です。
5. リーダーシップとチームビルディングの強化
本書で述べられている「場づくり」のスキルは、リーダーシップとチームビルディングの強化にも役立ちます。効果的なリーダーは、チームメンバーが安心して意見を述べ、互いにサポートし合える場を作り出すことが求められます。人事部門は、リーダーシップ研修を通じて、リーダーがこうした場を作るためのスキルを学び、実践できるよう支援することが必要です。
例えば、チーム内でのコミュニケーションを促進し、メンバー全員がプロジェクトの目標に向かって一丸となって働けるような環境を作ることが重要です。これには、定期的なチームミーティングの開催や、チームメンバー同士のフィードバックセッションを通じて、互いの理解を深める取り組みが含まれます。また、チームビルディング活動やリトリートを通じて、メンバー間の信頼関係を強化し、チームの一体感を高めることも効果的です。
まとめ
本書は、単なる会議進行の技術を超えて、組織全体の文化を形成し、社員のエンゲージメントや創造性を高めるための重要な手法を提供しています。人事部門としては、これらの手法を活用し、社員が安心して意見を述べ、積極的に参加できる環境を作り出すことで、組織のパフォーマンス向上に寄与することが求められます。人材育成、キャリア開発、ダイバーシティ推進、リーダーシップ強化といった様々な人事戦略において、この「場づくり」の概念を取り入れることは、組織の未来をより明るいものにするための鍵となるでしょう。大変学びの多い書籍でした。
効果的で魅力的な場を作るための環境をイメージしています。左から右にかけて、ワークショップ、セミナー、チームビルディングの各シーンが描かれており、それぞれが創造性、協力、交流の重要性を象徴しています。