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漂泊幾花 ふじ色の旅立ちP2ー4 敗走

  三里塚なりたでの戦いは熾烈を極めた。
目の前で機動隊によってたかられてめちゃくちゃに殴られている学生がいた。僕はその機動隊にむしゃぶりついた。

(やめろーーー)

僕は必死に声を上げていた。

(お前たちが悪いんだ!)

警官は必死に僕たちに叫びながら警棒を浴びせかけた。

(何のために反抗するんだ!)
(何で邪魔をするんだ!)

僕たちは声にならない声を出し合っていた。

「撤収だーー!」
誰かが大声を出した。

(え・・・?)

 僕はまさに今、機動隊に取り囲まれている最中だった。僕は覚悟していた。僕はまさに渡された火炎瓶を投げつける寸前だった。

(逃げるのか・・・?)
「作戦は成功した!撤収だ!」
(どういうことだ・・・?)

 同時に、今まで僕たちを囲んでいた機動隊の姿が消えた。もっと大変な事態が生じたというそんな感じだった。
「管制塔が・・・!」
機動隊の誰かが叫んでいた。
僕はその声に呼応して管制塔を見た。管制塔のガラスがいきなり割られ、その割れ口から赤い旗が振られるのが見えた。

(そうか・・・僕らはおとりだったのか・・・)
「逃げろ!」
僕はなんとなく言いようもない悔しさとむなしさと、腹立たしさを同居させながら、撤収に応じた。

(勝つか負けるかじゃない・・・)

 僕は心底思っていた。「組織」は、結局僕たちの存在などただの「分子」にしか思っていなかったのだった。捕まろうが、今後の人生がどうなろうが、今、この作戦がうまく行けばいい。それしか考えてないと言うことが痛いほど解った。

(だったら、 人民のすべての幸福なんて言うな!)

 われ、人民の捨て石とならん・・・・そう言った言葉がきっと次に出てくるはずだ。しかし、僕たちは人民ではないのか?
僕にはある確信が目覚めていたのだ。

(三里塚の農民を守るより、僕にとっては咲を守る方が大切である)

 僕は心底そう思っていた。僕にとって、三里塚の農民は所詮観念的な存在でしかなかった。別に同情というものもないし、情があったとしても、公益に対しておのれの感情や利益でものを語るこの人たちに対し、心中するような気もなかった。僕自身の情で言えば、病気を抱える咲を最後まで守りたいと言う情の方が大事だった。

(いますぐ戻る・・・・東京駅だ)

 僕は咲との約束の明日の夕方、六時発の「さくら」を目指すことを確信した。成田の管制塔は、過激派の学生数名が見事に占拠した。純たちの戦略は見事に成功したのだ。僕らに残された次の行動は、この場からいかに逃走するかであった。
うしろで凱歌が上がっていた。
 僕たちはそれとは関係なく、各々に逃走することが指示されていたのだ。どこの学校の学生かは知らなかったが、長身の色白の男子学生と行動が一緒になった。

「逃げるぞ!」
 ぼうっとしていたその学生を抱えるように僕は成田の市街地へ向かった。北総台地の起伏あふれる畑作地を僕らは成田駅へと向かった。

 京成成田駅は、数十名の警官が改札口のまわりで警備をはっていた。僕は、それを駅手前の太鼓橋の所で確認すると、急遽、国鉄成田駅の方に向かうことにした。しかし、そこも状況は同じであった。
「先輩・・・どないします?」
色白の学生は僕に語りかけた。他の学校の学生なのに先輩はないだろうとは思ったが、多分僕以上に不安な気持ちがそういう物言いをさせたのであろう。
「仕方がない、成田から電車は無理だ。」
 公共の交通機関は使えるはずもなかった。僕らは一網打尽にされるはずだった。それよりも、僕はなんとしても今日中に東京に戻らなくてはならなかったのだ。
「・・・印旛沼を抜けよう・・・・。」
 僕は色白の学生にそう告げた。密かに、国鉄線のガードをすり抜け、僕らは北総台地のど真ん中を歩いて抜け出す羽目になってしまった。

「このまま木下街道を抜ければ、多分船橋に着くはずだ。運が良ければバスもあるだろう。電車は多分この辺では無理だ。」
「はい・・・、一緒に行かせてもらいます。」
彼はそう言った。僕らは葦の生い茂る印旛沼の湖畔の道をただひたすら歩いた。警官隊はこの印旛沼のあたりにもかなり動員されていた。

(成田開港が遅れたんだ、国家の威信としては仕方がないだろう。)
僕は妙に納得した。時刻はもうすでに昼を過ぎ、夕方にさしかかっていた。
(こんな調子で明日の午後までに東京へ行けるだろうか?)

 明るいうちは動ける状態ではなかった。僕らは出来るだけ警官に気取られぬよう、沼のほとりにたたずみ、時を稼いだ。
 日が傾き始めた。暇な時間、僕は色白の学生と話をしていた。彼はM大の学生だった。

「わし、宇田川いいます。M大の1年生です。」
「関西の人か?」
「はい、和歌山出身です。」
「わし、空手部なんやけど、高校の先輩に今日ここに来い言われまして、ほんまひどい目に遭いましたわ。」
「君も体育会か・・」
「先輩はラジカルとちゃうんですかいな?」
「まさか、俺は柔道部、体育会だよ。高校のダチがな、どうしてもって意地はるもんだから。」
「同じく、ひどい目に遭うた、ちゅうわけでんな。」
「とにかく、明るいうちは危険だ。暗くなってから行動しよう。」
「そうでんな。」

 僕らは日が沈むのを確認したあと、ゆっくりと農道を歩き始めた。
とにかくとてつもない田舎だった。首都圏にまだこんなところが残っているのかというくらい、何もない原野や畑作地が広がっていた。月は満月、夜ではあったが、足元は充分明るく、まわりの状況もかなり見渡すことが出来たのはさいわいであった。
 やがて僕たちは、墓標のように並ぶ原野の真ん中の廃虚のような住宅団地のスケルトンが林立した場所にさしかかった。

「先輩、ここは「千葉ニュータウン予定地」でっせ。」

 何年か前に計画され、鉄道も走る予定の地域だった。だが、計画はいつ実行に移されるのか目途もつかずに、こういったスケルトン(外枠のみ完成、中身の建設なし)の建物ばかりが、まるでゴーストタウンのように林立していた。
「宇田川、今日はここで夜明かししかないかも知れないな。明日になれば、警戒も薄れるだろう。」
「ちょっとビバーグして、早朝に出ますか?」
「そうだな、しかし、ここの位置関係はかいもく見当がつかない。」
「僕も不慣れやさかい、明るい方がええわ。」
僕たちは一角にあるスケルトンの一階で仮眠した。しかし、寒さと飢えでとても眠られる状態ではなかった。
「腹減りましたな。」
「船橋まで我慢しろ。」
「へい。」

https://music.youtube.com/watch?v=AV-gYE_eKFM&feature=share
自然と僕らはいつしか寝入っていた。

 

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