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漂泊幾花 ふじ色の旅立ちP2ー6   奇跡は起こらないが・・


 新京成線の早朝の電車は、最前発車したばかりだった。次の津田沼行きも松戸行きもまだ二〇分は時間があった。僕たちは落ちつかなかった。だが、疲れもあり、僕たちはホームでうとうととしていた。

「ちょっと君たち・・・・。」

僕たちははっと我に返った。
一人の警官が僕たちの前に立っていた。
「成田で学生があばれ、多数逃げこんだっていう事は知っていますか?」
「・・・・はい・・・。」
「それで、今、警戒体制の最中なんです、ちょっと職務質問して良いかな?。」

 僕らの血は失せた・・・。警官は明らかに僕たちを疑ってかかっていた。おそらく警察に任意出頭させるだろう。だが、それは任意より強制に近いと僕は覚悟した。
 その時だった、宇田川が思いもよらない行動に出た。いきなり警官に正拳づきをくらわしたのだ。

(宇田川!・・・)
「先輩!今やーー、逃げーーーー!」
「宇田川!」

 何と言うことをしたのだ!と僕は思った。これでは犯罪じゃないか。
 しかし、宇田川は言った。
「先輩、あかん、絶対「ふじ色の旅立ち」まにおうてやーー。」
「え・・・・?」
「わしはここに残る!先輩は早く東京駅にいくんや!」
「何だって!」
「先輩はいかなあかんのや、ここでつかもうたらいかんのや、いいから、早くいくんや!。」

 起きあがる警官を押さえ込みしながら宇田川は叫んだ。
僕は宇田川に「戦友」を感じた。何と言うことだ、こんな所で改めて父の気持ちの片鱗がわかったのだ。
僕は、涙を拭いきれずに言った。

「宇田川ーーー!絶対また会おう!」
「先輩!しっかり咲さん守るんでっせ!」

 僕はその場を離れ、一目散に線路上を疾走した。あふれる涙を耐えることができなかった。何としても東京駅に着かなければならなかった。

そのあと僕はどう歩いたかさっぱり見当がつかなかった。
這ってでも、とにかく間に合わせてやる。
そんな鬼神にも似た気持ちで僕は歩き続けた。

道すがら、僕はあたりの店先の時計を見ながら歩いていた。
もう時間は昼を超えていた。

足は限界に来ていた、
しかし、ここで歩みを止めるわけにはいかなかったのだ。
僕のこの歩みは、東京駅で自らと、
僕の人生の命のあり方を問う咲への僕なりの答えであり、
浦上教授せんせいの青春の清算を僕に託す期待、
そして宇田川の情への答え、さらに純が言う「組織」への挑戦であった。

僕はそのためには絶対に「ふじ色の旅立ち」に間に合わなくてはならないのだった。僕はこれがかなわなければ、咲にはもう二度と逢えない気がしていたからだ。

 しかし、神は無情だった。

 歩いている僕の横にパトカーが横付けされた。
無意識に抵抗した僕は、自分の手に掛けられる手錠をうつろな気持ちで見ていた。

(宇田川・・・・すまん・・・せっかくおまえが・・)

 僕は言いようもない敗北感にひたらざるを得なかった。
(なぜ、こうなるんだ・・・。これも予定説なのか?)

連行された僕は丸一日留置場で過ごした。

(咲は・・・もう行ったのだろうか。)

 決まり切った答えだった。
咲は神にも似た絶対的な行動を決めていた。
僕にとっては梵天と言えるだろう。
咲が宣言した行動は、どんな者も止められはしないのだ。
僕たちはそれに寄り添い、その真実を受けとめ、ともに行くことが求められたのだ。それも自分以外の人の期待もふくめてだ。
だが、それはたった今絶たれた。

 僕は成田紛争に関しては事情聴取と言うことになり、公務執行妨害は送検留保ということになって、逮捕の日の昼過ぎにそのまま千葉県警から釈放された。何も障害のなくなった僕は、そのまま東京行きの快速に乗って、咲はもういないであろう東京駅に向かった。

ものすごく長い感じがした。

(咲は・・・・旅立った・・・・。)

 僕の中にはほのかな期待とか、そんなものはすでになく、これから自分が感じるであろう大きな現実が目の前に横たわる予感を感じるしかなかった。

(予定説か・・・)

 僕は因果応報という言葉を信じていた。
必ずこの結果は僕の中に何かがあったはずだ、
それを断ち切らなかった結果がこれだったのだ。

しかし、これがもし予定説だとしたら、僕は咲の命題に応えられない存在である現実を受けとめなければならないだろう。
それもこれも、僕自身の本当に甘い希望的な観測や期待というか楽観的な何かがあったからだ。
まさに、未来とは本当に予断を許さない本当に厳しいものであることは確かなのだ。ひょっとしたら、僕たちは目に見えない「運命」というものの手のひらでただそこに存在させられているだけのものでしかないのかも知れない。

 だが、僕は運命とか、予定説という言葉に挑戦したい。

快速電車は東京駅に着いた。
地下三階の深いもぐらのようなホームだった。
長いエスカレーターを昇り、僕はコンコースに向かった。一日遅れの「さくら」は、予定ホームにまだ入線してもいなかった。

(奇跡は・・・ないか・・・)

僕は咲の家、浦上教授せんせいの家に初めて電話した。
「柴田か・・・、咲はとっくに出かけたよ、そうか、君は一緒じゃなかったのか?・・。ああ、振られたって事だな。」
「・・先生・・今は予定説・・信じざるを得ません。僕は負けました。」
電話の向こうで、先生は少し笑いながら饒舌に話した。

「柴田・・神の前で懺悔する事は簡単だ。しかし、神ですら予想もつかない、サタンのメッセージがある。それが救いだ。
サタンの出す因は、神を生む果となりうることもある、探すのだ。
このサタンの因と果は奇跡を呼ぶのだ。

奇跡は予定説を超えるのだ。予定された奇跡はあり得ない。
咲が君に何を言ったか知らないが、君が今どうしようかという心に、純粋に素直になってみてはどうだろう、
すなわち、計らいなく自分の心に向き合うことだ。」

 僕はその言葉でもう一度挑戦しようと思った。咲の残した痕跡を探し、「ふじ色の旅立ち」に合流する奇跡を僕はよぼうと思った。咲は予定説を超える存在だと僕は思うようにした。 

https://music.youtube.com/watch?v=4G-YQA_bsOU&feature=share

 かつて浦上教授せんせいが咲を「ルシファーあくま、もしくはミカエルてんしである」と言った。神にも予想がつかない表裏一体の存在であるからこそ、因を示すと確信した。

僕は旅立ちを決心した、咲を追いかける。
咲の痕跡を探し、果を求めるためだ。僕はコンコースに戻った。

 掲示板を消そうとする駅員がいた。そこに書かれた今、まさに消そうとするメッセージがあった。

「ふじ色の旅立ち「mission1」・・・咲は母の痕跡を古都で探る。われを捕捉せしめん。」

 彼女は僕が間に合わないことを予定していたのだ。
これは僕に突きつけられた、まさにサタンの啓示メッセージだった。すなわち、「ふじ色の旅」とは咲が僕に与えた魔の「mission」であったのだと、僕は感じ取った。
でも、これを「福音エヴァンゲリオン」に変えるのは僕自身の心や行動だろう。
それは、大きな課題として僕の前にはだかっていたのは確かなのだ。


【ふじ色の旅立ち・・了】

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