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漂泊幾花 ふじ色の旅立ちP2ー2 その夜

 咲は夜七時頃に僕の下宿にやってきた。

「こんばんは・・・先輩。」
「どうしたんだ?」

咲の様子は何となくいつもの様子と違っていた。

「お酒買ってきた・・・。飲もう・・。」
何本かの缶ビールと、ウイスキーを咲はこたつの上においた。
「それはいいけど・・・。」
「飲んでから話すわ・・・。おつまみ作る?」
「ああ・・・。」

咲は僕の部屋の冷蔵庫をのぞき込んだ。
「なにーー?ろくなものがないじゃないのーー。」
「しばらく買い物行ってないから・・・。」
「しょうがないわねえ・・・・・耕作。」
「え・・・・?」

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咲の僕に対する呼び方がすこし変わった。
「卵が無駄にあるから、スクランブルエッグ作ってあげるわ、ベーコンもあるし・・・。」
咲は、台所に立った。こうしていると新婚家庭の中にいるような不思議な感じがしていた。
「耕作・・・お皿は・・・?」
「あ・・・・ここ。」

ほどなくして、暖かい湯気を立てて、スクランブルエッグ&ベーコンがこたつ台の上に置かれた。
「はい・・おまちどうさまーー。朝食みたいだけど、材料的にこれしかないから。」

咲は僕の斜め横に座った。

「先輩・・・・、今夜は(耕作)って呼んでいい?。」
「もう呼んでるじゃないか。」
「怒るんじゃないかなーーって思って。生意気だから。」
「別にかまわないよ。」
「うふふ・・・じゃ、耕作、キスして・・・・。」
「え・・・・?」

唐突に、咲は僕の方に顔を向け、目を閉じた。僕は咲を抱き寄せて長い口づけをした。咲は、僕に抱かれながら、大きな目をじっと向けて、静かに微笑んだ。

「・・・・・好き・・・・・耕作。」
「俺も・・・。」
「お酒のもう・・。」
「ああ・・・。」

僕は、コップを二つ出して、咲にビールを注いだ
「かんぱいーー。」
「何に?。」
「あたしの『ふじ色の旅立ち』によ・・・。」
「なんだそれ?」
「あたしの人生の総決算・・・っていうのかな?」

僕はぎょっとした。浦上教授から咲の病気のことを聞かされていたからだ。
「旅にいかない?・・・・耕作。」
「旅・・・・どこへ?」
「耕作が行かなくてもあたし一人でも行くわ、でも、耕作と一緒に行きたい気持ちはすごくあるんだ、共有したいっていうか、そんな感じ・・・。」
「・・・・・・。」
「行き先はねぇ・・・まず、長崎ね、それから京都、あたしのルーツを探るの。で、最後は函館!・・耕作の故郷ぉ!・・・。」
「・・・・・・。」

僕は絶句した。咲は自分の身の上をすべて知っている上に、自分の病気のことも多分知っているに違いなかった。

「よかったら一緒に行ってくれる?。」
「・・・・・いいよ・・・・。」
そこまでしか言えなかった。
「お金はあるの・・・?」
「ためたけど、チョット足りない。だから、とりあえずそこに行ってアルバイトしながら行くのもいいかなぁって・・・うふふ。」

何という無茶な事を言うのだという気になった。しかし、咲らしいと言えば咲らしいものの考え方だった。
「耕作・・・あたしのこと、お父さんから聞いた?」
「え・・・・?」
「病気のこと・・・・。それから、出生の秘密よ」
「・・・・・ああ・・・。」

咲は潤んだ目で僕を見つめた。彼女はビールをまた一気にあおって、僕の手を握りしめながら呟いた。
「耕作・・・・愛してる・・・。」

咲はそう言うと、自分の着ている服を脱ぎ始めた。
僕の前に一糸まとわない咲がいた。僕は思わず息を呑んだ。もっと馬鹿なのは、僕の体自体が彼女をほしがっていた。

「耕作・・・・抱いて・・・。」

https://music.youtube.com/watch?v=W74aF7bEs6U&feature=share

僕は、明かりの下、裸の咲を抱きしめた。そのまま、僕はベッドへと咲を運んだ。

時は流れた
ベッドは時折きしんだ音を立て、それに合わせるように咲の小さなうめき声が流れた。

「おかあさんがあたしを残してくれたように、あたしもあたしの命を残したいなぁ・・・。」

  僕はそれに応じて、ちょっとした罪悪感を持ちながら咲の敏感な箇所に手を滑らせた。
ざらざらとした感触の後に、深い谷間があった。嘘のように滑らかな谷だった。そこに触れた途端咲は、
「くっ」
と声と共に体を弓なりにした。

 僕は憑かれたように、咲の濡れた谷間に口付けをしていた。
酸っぱいような、しょっぱいような、懐かしい味がした。・・・どこかで味わった味だった。
そうだ、これは浜の味だった。浜でとれた貝の味だった。人間は海から進化した・・・・そんな感動を覚えた。

「そんなところまで・・・・・いや。」

咲は恥ずかしげに僕の顔に手を押し当てた。

「男はね、ここから生まれたんだ・・なんだか懐かしい・・。」
「あたし・・あなたを生んでいないもの、やっぱり恥ずかしいわ。」

 咲は喘ぎながら小さく言った

 やがて、咲は強く求めてきた。僕は咲の敏感な谷間に僕の熱い分身をあてがった。
それはいとも簡単に咲の虜にされた。咲は大きな溜息と共に僕を強く抱きしめた。僕は咲との一体感を高めると、やがて咲と一つに溶けていた。
ほどなく咲の中で僕ははじけた

小一時間、僕らはベッドでそのまま寝入った。
「耕作・・・・。」
咲は僕の鼻を摘んでくすくす笑った。
「いびきうるさいぞ・・・。」
「ばかめ・・・。」
咲は、裸のまま起きあがった。
「のもうよ・・・・ベッドで。」
僕は、こたつ台をベッドの方に引き寄せた。咲はまた、布団に潜り込み、僕に抱きついてきた。
「ねぇ・・・・甘えていい?」
「いいよ・・・・。」
「甘えられるの・・・耕作だけなの・・・。」
咲は少し悲しげに言った。
「あたし・・・強がってるけど、ほんとはすごく怖いんだ・・・・。」
「うん・・・・・・。」
「自爆装置が付いているようなものでしょ?」
「自爆装置か・・・・。」
「あたしの体の中に、原子爆弾がセットされているのよ。」
「それで長崎に行きたいのか?」
「うん・・・。あたしを産んだお母さんの記憶をたどりたい。あたしは何なのって。だから京都も行くの。」

「ふじ色の旅立ちはいつにするんだ・・・?」
「試していい?」

咲は悪戯っぽく僕を見つめた。

「耕作が笑っちゃうけど三里塚から生還できたら、一緒に行こう。・・・・革命ごっこの翌朝、東京駅で待ち合わせしようよ。・・・・。六時発の「さくら」で長崎に向かうわ。切符はもう二人分買ってあるんだ。もし、耕作がこなくても、あたしは一人ででも行くよ・・・。あなたは無理しなくていい。そもそもあたしの問題なんだから。」

咲はそのあとも続けた。
「うふふ・・・革命ごっこのお手伝いするんでしょ?。」
「・・・・・・。」
「うまくこなして間に合うといいね・・・東京駅。」
「絶対間に合わせる・・・・。」

 僕はきっぱりと言った。今日のあの違和感が気になっていたのだ。僕は即日に帰ることを決心した。そして、もう二度とあの連中の活動には、参加することはあるまいと心に誓った。僕自身には咲との命のぶつかりあいの方が大切なような気がしていたのだ。考えれば、僕も咲と同じ「命」の命題があったからだ。
「・・・・咲・・・・。」
「なに?・・・・耕作・・・。」

僕は再び咲を強く抱きしめた。咲は僕の背に手を回し、それに応えた。また、時が流れ始めた。
「・・・咲・・・好きだ・・・。」
「・・いや・・耕作・・・言葉にしないでよ・・・。」
咲は僕にしがみつきながら呟いた。
「好きなんて、言葉にしちゃ・・・いやだ・・・。」
「・・・・・・・。」
 僕は咲の華奢な体を抱きしめていた。咲がだんだん汗ばむのが手に取るようにわかった。そして、ようやく咲の言っていることの意味がわかりかけていた。愛し合い、求め合うのには言葉は必要のないものなのだ。言葉は、言ってみれば記号なのだ。そして、言葉は物事を限定してしまう。禅の悟りも、神の啓示もみな言葉にすると本意が離れてしまうものなのだ。

 そう・・・・。言葉に限定される世界はきわめて狭いのものなのだ。僕は、あらためて咲に教えられた。
僕は無言のままに咲と一体になり、咲と共に溶け合った。僕は、ほとばしるような自分の硬い存在が、咲の深く包み込む甘く、淡い暖かさと、ものすごく居心地のいい場所に、ひたすら酔いしれた。

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僕は、そこで、刹那に僕の熱い棒をはじけさせると
「熱い・・・・。ううん・・・あ!」
咲の儚げな呟きに、いっそう彼女への愛を深めた。

二人の間に言葉はその時全く無用のものだった。

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