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 彼女が不機嫌な顔でやってきた。
こいつの不機嫌な顔は、結構見慣れているので、たいした気にはならなかったが、そのあとがいつも憂鬱だった。

「ねぇねぇ、聞いてよぉ」

そらきた!。
このフレーズに続く彼女のプランクは、絶対小一時間は続くのだ。

なんでも、彼女は「多数決」ですべてが決まることが気に入らないようだった。
「ホントに失礼な話よ。昔の学級会を思い出しちゃったわ。」

 なんでも、彼女が提唱していた企画planが、プロポーザルの最終候補に残ったということだった。
 
 なんでも、経営サイドでは高評価で、手応えを感じていたようだったのだ。

「でもね、落ちちゃったの。」

 彼女は憤懣やるかたなしといった表情で続けた。
ここは、あえて理由などは問うまい。

「理由訊いてくれないの?」

 やれやれ、訊くか。

「チームリーダーが、バカみたいなのよ。・・って言うかおバカだと思う。」

いや、それって、八つ当たりなんじゃないのか?
そう言いかけたけど、やめることにした。

 話を聞いてみるとこうだった。
つまり、チームリーダーは出てきた企画planが甲乙つけがたいので、「多数決にしたらどうか」と提案したそうなのだ。
 そして、それが一番フェアで「民主的」だろう。と言ってのけたそうなのだ。

 これが彼女の逆鱗に触れてしまったのだ。
こんな学級会みたいな事が、まかり通ってるのが信じられないと彼女は憤慨する。
さらに言うなら、相手が多数派工作したのだそうだ。それで、彼女の案は却下された。

 とまぁ、こんな顛末だ。

 「そうか・・、内容より多数工作の方が、自分の考えが通ると言うことだね。」
 「バカみたいじゃない?まるで小学校の『帰りの会』みたいな世界。」

 確かに、それは腹立つわ。

 しかし待て・・、だ。

 確かにこの事案は、「民主主義democracy」の在り方を考えさせる。
単純な民主主義では、「最大多数の幸福」が優先される。そして、その単純形が「多数決」と言う手法だ。
 しかし、そうなると「一票の平等」が最優先されるわけだ。そして、その一票の「質」は問われることはない。賢人の1票も、愚人の1票も「絶対平等」であることが大前提だ。

 では、愚人が絶対多数を獲れば、その多数のもとに愚かな決定がなされる。
「絶対多数」は、必ずしも正解とは限らない。
 数による正義populismは、自らの思想を「大衆」という多数に丸投げすることだ。

 たぶんろくな結果にならないだろう・・。

 「ふふん、あなたはわかってるみたいだね、そんな顔してる・・。」

 何も言ってないけど、彼女はクスッと微笑んだ。 
なにやら高次元へ向かう止揚aufhebenのようなものが共有されたのかもしれない。

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