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「禅定」って言う言葉に
ずいぶん昔から、接してきましたが、
改めてなんだ?

そう問われると、すぐには答えられない自分がいます

ただ、最近、古い友人から
「終末治療に切り替えた」

そういうメッセージをもらったのです。
彼は高stageのがんで、
抗ガン治療も、もうやめる事を決めたのです。

治る見込みのある「抗ガン治療」と
自分の中における人生の時間の「案分」を
賢い彼は、冷静に考えたのでしょう。

あたしは、それに、イエスもノーも言えませんが
「さすがだな」

と心から思いました。
彼は人生の、いわばエリートでした。
だから、選択できたのかな。とも思いましたが。

考えてみると、
彼は

あたしらが想像も付かないくらいの、恐怖と戦っていたのだろう

そんなことも感じました。
それは、過去の投稿や、あえてカミングアウトした
その時に、
「一人で立ち向かうのが怖い」
という彼らしからぬ、弱音を感じたからです。

いま彼は、自分の戒名や、自分の葬式のプランニングまでやっています

たいしたやつだ

自分がそうだったらできるだろうか・・。
そんなことを自問しながら
彼のtweet(つぶやき)を今夜もみて、

イイネ





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