漂泊幾花 ふじ色の旅立ちP2ー5 I"m a loser
何時かは解らなかったが、夜は白々と明けてきた。宇田川はすぐそばでくの字になって寝入っていた。僕は自分の父親が言った「戦友」の意味が何となく解りかけてきていた。
(こういった極限を共有する関係が戦友というのかも知れないな。)
「宇田川!・・起きろ。」
宇田川は寝ぼけ眼を僕に向けた。
「え・・・なんぞありましたか?」
「いや・・・夜が明けた。警察が動く前に行こう。」
僕は焦っていた。出発まであと半日だろう。咲の旅姿がふと脳裏をよぎった。
(咲は賭けているのだ・・・・。)
一刻も早く東京を目指したかった。だが、交通機関はどこに行けばあるのか、僕もよく解らなかったし、いつ、どこで僕らは職務質問されるかも解らなかった。なんとしても今日中に千葉県から脱出することだろう。これが僕が目指した当面の目標だった。
鉄道予定線がちょうどまっすぐな道のようにどこまでも進んでいた。僕たちはこのコースを歩くことにした。
「やっぱ、腹へりましたわ・・。」
宇田川は笑いながら言った。
「収穫物はないよなぁ・・。」
春先である、沢山の農地は身近にはあるが、食べられるような代物はみあたらなかった。
僕らは歩いた。日も、やや高くなりはじめていた。
原野はやがて人里になりはじめた。この調子で行けば、少なくとも午前中には脱出でき、船橋あたりで昼飯でも食べられるようにも思った。とにかく東京を目指すことを考えたが、僕は状況が知りたかった。たぶん今回の闘争については警察としてもただならぬ警備を布いているはずだった。なにせ、開港当日に管制塔が占拠されたのだ。開港は必然的に遅れた。そこまでは十分理解している。だが、その後の状況はどうなっているのか皆目見当がつかない。
とにかく情報がほしかった。
また、咲にも連絡を取りたかった。だが、こんな時間だ、何事かと思うであろう。僕も賭けてみることにした。絶対に間に合うということに・・・。
電話連絡などで咲の「ふじ色の旅立ち」の決意を遅らせることは冒涜であるような気がしていたからだ。それは神への冒涜のような気がしていたからに他ならない。あの日、彼女は相当の覚悟で僕の部屋で一夜を過ごしたのだろう。そうでなければ、彼女の旅立ちは意味をなさないからなのだとそう感じていた。だから、僕は途中で見かけた公衆電話に対して、振り切るような気持ちで、ただ歩くことに専念した。
「なぁ・・先輩・・。」
宇田川が話しかけた。
「なんぞ、約束みたいなモンがあるんとちゃいますか?
さっきから、電話ばかり気にしてまっせ。」
「・・・何でもないんだ。宇田川・・・。」
「そうでっか・・・・。気にせんと、ええんでっせ、彼女、心配してるんとちゃうんですかいなー。」
宇田川はいたずらっぽく言った。
「・・いや、いいんだ、電話はタブーなんだ。」
「なんか、意地はってるようにも見えまっせ。」
「そうじゃない、ただ、今日の夕方、どうしても東京駅に行かねばならん・・・それだけの事実があるだけだ。」
「なんか、大変なことがあるんですかいな・・・。」
僕は、別に話すこともないとは思ったが、宇田川に父の言った「戦友」の意味を感じていた矢先だった。この男に隠し事をすることもあるまい、そう感じたからかも知れなかった。咲との「ふじ色の旅立ち」を歩きながら話した。 宇田川は情の強い男だった。いちいち感動していた。
「そら、えらいこってすわ・・・やっぱ、いそがなきゃ。」
「まて・・・まだ、あまり軽率に動くのはまずいぞ。」
今、警察がどのように動いているのか、僕らのような組織に縁遠い学生が一体どこまで看過されうるのか、それによってこのあとの行動が決まるからだ。僕は、彼らの組織というものを根本的に信用していなかった。僕たちは利用され、切り捨てられたのだ。このあと、この国家のおおごとに対する後始末に対し、僕らはまた利用されるようなそんな不信感があった。
「それより先輩・・・。」
「なんだ・・。」
「わしら、どない扱いになってんやろなー。わしの先輩バイトやゆうたかて、バイト代すらはろうてもらってまへんで・・・。」
「利用されたんだろ・・・。」
僕ははき捨てるように言った。
「ほなら、わしら捕まることもあるってことでっしゃろ?」
「やつらが、俺たちを利用してるんなら、十分あり得るだろうな。」
「ニュースがほしいでんなーー。」
僕たちは警戒しながら、旧道を歩いていた。すると、のれんを出している定食屋が視界に入った。
「宇田川、金は持ってるか?」
「へえ、なんぼかあります・・。」
「飯、食おう・・。」
「そうですなーー、こんな早くあいてる店は確かに助かりますわ・・。」
「TVもあるだろう・・・。」
空腹と言うより、情報がほしかったのだ。そこは、早くから働きに出る人を相手にしている「朝食屋」だった。店の中の客はまばらだった。主は、何となく胡散臭そうな顔で僕たち二人を一瞥し、
「いらっしゃい・・・」
と無愛想に言った。
「朝定食で良いか・・?」
「はい、わしも・・・。」
「おやじさん、テレビつけてもいいかな?」
店主は手を動かしつつ、相変わらず無愛想に言った。
「いいだぁよ。」
僕はテレビのスイッチを入れ、ニュースのチャンネルを探していた。いきなりあの三里塚(なりた)の映像が目に入ってきた。
「えらいこっちゃなぁー。」
宇田川が思わず声を上げていた。管制塔は未だ占拠されたままになっていた。そして、テレビ映像は逃げまどう学生たちの姿と、全県にわたって警戒体制を敷いているという情報、さらには主要駅には検問を張っている事も合わせて報道していた。僕は暗澹たる気持ちでその報道を見た。
「まずいかもしれないな・・・。」
たぶん、逮捕された組織の誰かは、僕たちのように、現地で解散し、自由に東京に向かっている学生のことも話したに違いない。だとすれば、僕たちは今、きわめて不利な状況にいた。「ふじ色の旅立ち」にまにあうすべもないかも知れない。僕たちはそそくさと朝食をとると、再び歩くことを決意した。
「どうする・・・?」
僕は宇田川に歩きつつ聞いてみた。
「ここがどこだかわかるか?」
「わしは関西の人間やさかい、関東のことは皆目・・。」
瀧不動という駅の近くにさしかかっていた。僕らは新京成線の沿線を歩いているようだった。駅から潜り込めばそのまま東京まで行くことが可能だと思われた。まだ早朝だった。おそらくこんな田舎の駅まで検問は張ってはいまい。僕はそう判断した。
「電車の駅がありまっせ・・・。」
「賭けるか・・・。」
「はい・・。」
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僕たちは駅に向かった。やがて大きな寺院が見えてきた。鬱蒼とした森が見え、そこに抱かれるような小さな駅が見えていた。そこには人の姿も見えず、警官の姿もなかった。僕たちはここから電車で東京へ行けると確信できた。
「宇田川・・・大丈夫なようだ・・。」
僕は何となく安堵の気分でいた。これで、電車が来ればそのまま戻ることは可能だった。
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