キャバクラ嬢殺人事件

 気が付くと両手を後ろで縛られていた。朦朧とする視界のなかに男の顔が浮かびあがった。
「ひっ」私は小さく悲鳴をあげる。私も男も衣服は何もつけていなかった。
「目が覚めたかな。さらちゃん」
「ちょっと、何したのよ!」私が声をあげると男は答える。
「何もしてないよ。今はまだ……」
 やばい、目がイッてる。
 男の名前は山田。私が働いているキャバクラにずっと指名オールで通っていたのだが、最近急に顔を見せなくなった。店長に聞いたら会社の金に手をつけたのがバレたらしい。
「お前、俺の彼女だったんじゃないのかよ! 信じて毎日通ったのに! 俺の事好きだって言ったじゃないか! っじゃないか!」
「い、いや、だってそれは、お客様だし、営業というか。そんなの本気にされても……」
「なんだと! ふざけるな! お前の為にいくら遣ったと思ってるんだ! 会社も解雇になっちまったし! もう生きていてもしょうがない。お前殺して俺も……」
 山田の両手が私の首に絡みつく。
ぴぴぴぴ……(アラーム音)
 ふう、またあの夢か。
 さてと。ベッドから起き上がり、寝汗でびっしょりの部屋着を脱ぎ捨てシャワーに入った。
 どうやら私は人生のやり直しをしているらしく、あの事件の後、目が覚めると高校生に戻っていた。
それ自体が夢だったのかもしれないが、確かめようも無く、今は勉強し直し、大学に通うために新聞配達と予備校通いの毎日だ。
 前の人生では自堕落な生活のため親に見放され、一人暮らしを始めた頃に街でスカウトに声を掛けられた。なんとなく断るのも面倒でキャバクラで働くようになった。
最初はやる気も無く適当に接客していたのだが、何故か店で人気になり、忙しい毎日だった。
 そこに来たのがあの山田だ。毎日通ってくれるのは助かったが、お金の遣い方が異常だった。オープンラストは当たり前。同伴からのアフターもしょっちゅうだった。
指名が重なったりすると、あからさまに機嫌が悪くなり、とにかく気を遣う客だった。
 ふとカレンダーを見ると、今日は前の人生で私が殺された日であることを思い出した。
 これはもしかすると今日なにかあるかもしれない。山田には二度と会いたくないけど。
 会社支給のジャージを着て、私は玄関を開けた。
「さらちゃん。悪いんだけどこれから集金に行ってもらえるかな。今日来てくれって客がいるんだけど、俺これから用事あるのよね。さらちゃん可愛いから客も喜ぶし。いっしっし」
配達を終え、販売店に戻ると先輩からそう言われた。ウザいセクハラ野郎め。
「はい! わかりました! いいですよ、行ってきます」
 先輩に言われた住所には、古びた一軒家があった。
 ピンポーン
 インターホンを押すと、男性のくぐもった声が聞こえ、ドアが開いた。
「あ……」お互い同時に声が出た。
なんとなく嫌な予感があったが、そこに立っていたのは果たして山田だった。
 すると突然山田はその場で腰を抜かし、ガクガク震えだした。
「ちょ、な、なに」私が聞くと
「もう僕のこと殺さないでください!」

 了

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