一緒にやろうぜ!…と空耳が聞こえる

娘が質問する
「お父さん、なんで夕日って赤いん???」
はい、それはですね…と答えるのをぐっと我慢する。
「うおっ!
無茶苦茶良い質問じゃん!
お父さんも知らんから一緒に調べよう!!!」
この時、娘から
『いや、知らんのなら別にいいわ…』
なんて答えは殆どでない♪
一緒に調べて情報と知識を共有出来たら
「なるほど、夕日ってこういう理由で赤いんだねぇ♪
無茶苦茶面白い理由だったね!」
となると、体験を通して理解できた娘も知識が深まるし、言うてトーヤも完全に分かってた訳ではないので理解が更に深まる、と。
こうして、共有体験が出来る事で信頼が出来るんだろな、と。

リカレント教育にて
「トーヤさん、ここでエラーが出たんですけど…」
トーヤはプログラムマジで出来ない。
出来ないけども、人のエラーの理由は発見できる。
(っつうか、他人の誤植ってすぐわかるよね)
でも、流石に娘のケースとは違い、マジで分からん事もある。
その時は…
「このエラーを辿ろうか?
この関数ってどこから呼ばれてたっけ?」
的に結局娘と同様に”一緒に考える”作業をする。
んで、自分で解けるとスッゲェ満足するのよね。
申し訳ないけど、俺もスッゲェ満足感に浸る(笑)
なんつーか共同作業で乗り越えた感じよね。

さて、某技術系コミュニティにトーヤが参加する。
ぶっちゃけ全然言ってる事が分からん。
まぁ、本も読んでないし手も動かしてないし、そりゃ分からんに決まってる。
ただね…その向こうでコミュニティの参加者が超楽しそうにしてるんだわ。
え?
何?
それってそんなに楽しいの?
スゲェ難しい事してるんでしょ?
もしかしたら、俺も出来る?
出来たら楽しい?
みたいな感覚になる訳ですよ。
多分、「俺も入れて💓」って言ったら一緒に悩んでくれそうなのよね。

「仲間になる」
って同じ目的があったり、そこでのメリットを感じる事かも知れない。
でも、そんな理由を説明するよりは
「無茶苦茶楽しんでるぜ、俺たち!」
ってのを見せるのが一番なんじゃないかな、と。
ただ、ここで超大切なのは
”あいつが楽しんでる姿がイヤ”
”あいつに助けられるのがイヤ”
な人が居るって事。
この理由の殆どは自分自身にバリアを張ってる事が多いと思う。
もうね、それは仕方がない。
バリアを破れなんて超難しい事は言わない。
ここで言いたいのは
「あの人に批判されても嬉しい」
「あの人から褒められたらうれしい」
もし、そんな人が傍にいるなら幸せを手にしてるのと同等だよね、って事💓
そんな人居ないんすよねぇ…って人は今のところは知らんわ(笑)

何かをしようとする時、そのしようとする事が大きければ大きいほど”仲間”が必要になって来る。
その仲間はきっと天の岩戸で体操座りしてるのよ。
その前で思いっきり楽しく踊る事が一番の仲間づくりになると思う。
逆に、君が天の岩戸に引きこもってるかも知れない。
今は誰も踊ってくれてないだろう。
でも、踊ってくれることを祈ってればいい。
祈るだけでその思いは届くから。
場合によっては天の岩戸の中で踊ってもいいじゃん!
(超狭いだろうけどね)

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