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ハヤブサとフクロウの真逆な生存戦略


▲ハヤブサの正面顔
 

 

▲急降下するハヤブサ

 頂点捕食者というのは、「その動物の活動する生態系圏内で自分を捕食しにくる敵がいない」状況にある動物のことをいいます。生態系のピラミッドの頂点にいて、無敵に見えますが、逆に個体数は少なく、絶滅しやすい存在でもあります。そんな頂点捕食者に、猛禽類がいます。捕食される側の鳥たちは、目が横向きについています。左右の単眼の視野をあわせると300度を超える鳥もいます。自分を狙う天敵がいないか、常に警戒しています。一方、猛禽類は両眼とも前向きについています。後ろが見えない分、視野は狭いですが、深視力に優れ、獲物との距離を正確に捉えることができます。その猛禽類の中でも、フクロウとハヤブサは、さらに真逆な生存戦略をもつ鳥として進化しました。
 ハヤブサは、翼を広げると1mほどの肉食の猛禽類で、スズメやハト、ヒヨドリ、ムクドリなど小~中型の鳥を捕食します。多くは渡り鳥として長距離を移動し、年間の移動距離は2万㎞を超えることもあります。日本には北海道から九州にかけて留鳥として1年中生息しますが、渡り鳥として飛来するものも見られます。
海岸で多く見られ、崖のくぼみに巣を作って卵を産みます。近年は高層ビルや鉄塔、鉄橋など人工物にも巣を作るようになり、ハトなどがいる都市部でも見られるようになりました。
速く飛ぶことから速飛翼(はやとびつばさ)と呼ばれていたものが速翼(はやつばさ)となり、やがてハヤブサになったといいます。水平方向にはおよそ100㎞で飛ぶことができますが、ツバメやハトやグンカンドリなど、時速100㎞を超える速度で飛ぶ鳥は他にもいます。しかし、ハヤブサが本領を発揮するのは、獲物をめがけて急降下をするときです。何と時速300㎞を超えます。

陸上では、チーターが100㎞、水中では、バショウカジキが時速125㎞なので、ハヤブサは地球上で最も速い生き物といえます。高いところから獲物を探し、飛んでいる小鳥を見つけると、狙いを定め、まるでロケットのような流線形になって、猛スピードで急降下します。この時、まぶたと瞳の間にある「瞬膜」という膜を閉じて眼球を保護します。そのため急降下の風を受けても目を開けて獲物を狙い続け、獲物を一撃で気絶させ、落ちていくところを再び急降下して足でつかんで捕食します。

▲フクロウの正面顔


▲忍び寄るフクロウ

 一方、フクロウは、ハヤブサとは、まるで違う生存戦略をもっています。まず、フクロウは鳥類にしては珍しく、主に夜間に狩りをします。フクロウの顔をよく見ると、ハートの形をしています。この特徴的な顔のつくりを顔盤(がんばん)といい、パラボラアンテナのようにとても小さな音でもキャッチできるようになっています。しかも首は、270度回転して、音のする方向をさぐります、そして、ネズミやカエルなどの獲物が隠れても、顔盤で集めたわずかな音を耳で聞き、羽音をたてずに静かに接近し、獲物をとらえます。飛行距離も100メートル以内が殆どです。まったく無駄がありません。

人の耳の穴は左右の高さが同じですが、フクロウは左右の耳の穴の高さが違います。フクロウの左右の耳への音のわずかな到達時間の誤差と音圧差でどこから音がするか、獲物がいる位置を正確に知ることができるのです。この能力を音源定位といいます。
音が顔の真正面以外から来れば、音は近い方の耳にわずかに早く到着したのち、もう一方の耳に達します。その時生じるわずかな時差を両耳間時差(ITD)と呼びます。また、頭が音の遮蔽物になることから、両耳における音圧レベル(音の強さ)も左右でわずかに異なります。この差を両耳間音圧差(IID)と呼びます。この2つの要素から獲物のいる位置を正確に割り出すのです。
しかも、その目は夜行性の優れた視覚をもっており、これによってフクロウは、どんなに暗い夜の森でも獲物の位置を正確にとらえて捕食することができるのです。

鳥は、普通、羽ばたく時にバサバサと羽音がしますが、フクロウは羽音を出さずに静かに獲物に近づきます。というのも、他の鳥に比べて、風切り羽根の前縁がギザギザした鋸(のこぎり)歯状で、セレーションと呼ばれ、空気の流れが安定し、とても静かに飛ぶことができます。この羽のつくりは、新幹線のパンタグラフに応用され、騒音を軽減するのに成功しました。
昼間、フクロウは、前後2本ずつの鋭い足の爪で木の枝をしっかりと掴み、じっとしていますが、夜行性の動物が動き出す夕暮れから、その優れた能力を遺憾なく発揮するのです。

こうした無駄のない賢明な生態から、フクロウは、ローマの神話の学問・芸術の女神ミネルヴァの肩に乗る「知恵の象徴」とされてきました。
あのドイツの大哲学者ヘーゲルは、その著『法の哲学』の序文の最後で、「ミネルヴァのふくろうは、迫りくる黄昏に飛び立つ」といいましたが、既に収束した時代の束縛から解き放たれ、過去や歴史を冷静かつ正確に分析し、時代を画する知恵を提供するのが哲学の使命だと考えたのです。まさにフクロウの生態を知り尽くした見事な譬えです。

ハヤブサは、生態系の頂点に立つ鳥の一種ですが、数は少なく、環境省のレッドリストでは絶滅危惧Ⅱ類に分類されています。日本では最大のシマフクロウもまた、環境省のレッドリストでは絶滅危惧ⅠA類に指定されており、「ごく近い将来に絶滅の危険性が極めて高い」とされています。
ハヤブサもフクロウも、それぞれ自然の摂理の許容範囲内で精一杯の進化を遂げて生き残ってきましたが、今や人間の手により激減したエサの数や環境の変化によって、絶滅の危機に追いやられているのです。果たして人間は食物連鎖のピラミッドを破壊しておきながら、いつまでキング・オブ・キングでいられるのでしょうか。

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