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『裁判員裁判の心のケア』久保利英明×濱田邦夫

2021年6月対談vol.2

久保利「先生は、裁判員制度そのものはいいとしても、それをやる裁判員のメンタルケアの問題を、うちの事務所に入ってからもおっしゃっていました。

あの人たちが覚悟して来て、覚悟して見るにしても、死体の写真を見せられたりした時に、その後のインパクトというか、人生の中でいっぺんも見たことがない事件写真を見せられて、どんなふうに思うかという、その人たちに対するケアが全くない。これは人権侵害だ。みたいなこともおっしゃっていましたよね」
濱田「そうですね」
久保利「僕もそう思いますけど。だけどやらないわけにはいかないでしょう」

濱田「裁判員制度そのものについても、たまたまそれが導入される直前に裁判所の内部にいたという」
久保利「ですよね」
濱田「立場なんですけれども」

濱田「毎年一回ですね。刑事裁判官合同、地裁の所長とか高裁の所長プラスベテランの刑事裁判官がね、一同に介して色々ディスカッションするというのがあります。そこに最高裁判事たちも列席はするわけですけれど」
久保利「刑事事件なんてほとんどやったことのない最高裁判事がね(笑)」
濱田「そうですよね(笑)」

濱田「裁判員裁判というものが話題になったときの、最初の裁判官たちの発言というものがですね。覚えておりますが、口々に「俺たち、自分たちが精密司法という、これだけ築き上げてきた刑事裁判、世界に冠たる公正なですね、あの刑事裁判に」
久保利「有罪率99.」

濱田「「素人が入ってくるなんてのはね、とんでもない」という、そういう発言がですね、あったわけですよ」

濱田「ところが翌年になるとですね。それがビタッと止まったんですが、それはどうも、いわゆる最高裁の事務総局からですね「お前らそんなこと言っちゃダメ」と。

裁判官会議、判事の集まる会議ではほとんどみんな発言しないんですけど、私がそこで発言したのは「裁判員裁判というものが始まるというのは、これは国の方針としても決まったことであって、もしこの制度がうまくいかなかった時には裁判所の責任を問われるんだよと。

だから、その最高裁の裁判官が、裁判所としてもですね、これを真剣に受け止めなきゃいかんことだ」ということを発言したんですけど、

結局、事務局が、法務省とそれから日弁連とですね。一生懸命協議をして、そういう制度ができたわけですね。

一般の刑事裁判官の発言がピタッと止まったというのは、事務総局が現役の裁判官が、ごちゃごちゃ」
久保利「言うなと」
濱田「言うのはまずいから言うなと。その後は、裁判員制度がおかしいとか批判するのはみんなやめた」

久保利「そうですね」

久保利「言論の抑圧があったんじゃないですか、それじゃ(笑)現職の裁判官に」
濱田「事務局はそういうことしてないって言うけど、やってるよ」

久保利「いや、やってなきゃあんなにシュンとなるわけないじゃないですか」
濱田「そうなんですよ」

濱田「裁判、裁判官の独立という問題もありますけれど、特定の事件についての判断の問題であって」
久保利「制度論だからね」

濱田「制度論はね、最高裁の事務総局が握っててね。指令出してそれにみんな従っちゃうんですよね」
久保利「なんだか、情けない話ですね」
濱田「情けない話ですよね」


久保利「奥さんが、華子先生がいかに配偶者として先生に教育をするかという(笑)」
濱田「ちょっと違うけど(笑)金婚式もだいぶ前に過ごしたから」
久保利「ダイヤモンド婚ですか」

濱田「本当に、華子は大変優れた人間でございまして。時々、私が弁護士やれてんのは華子さんのおかげだということを言う人がいました」
久保利「いや、大勢いますよ」
濱田「大勢ですか」
久保利「(笑)」

濱田「(笑)その華子が実は現役で日比谷高校から東大に入ったんです。最近思ったんですけど、だいたい私、勉強ってしたことないなと思って」

久保利「秀才だからですよ」
濱田「いや、秀才っていうか」
久保利「天才?」


濱田「ちょっとクサイけど、馬鹿にしてるわけじゃないんだけれど、別に勉強しなくても」
久保利「受かると思った」

濱田「さすが東大の試験は落っこちまして」
久保利「一浪したんだ」
濱田「一年、浪人してるんですね」
久保利「僕とおんなじだ」


濱田「私が外交官をやめたというのは、一つには華子と一緒になるためです。私も華子の家もお金があるわけじゃない。ということで方向転換したら大成功した」
久保利「大成功でしたね、結果論」

濱田「華子は東大法学部出の人間だったんですけれども、心理、臨床心理に興味をもちまして、横浜国大の教育学部に入りました。臨床心理士というのは、これはまだいまだに学会資格なんですけれども、その第1号のグループで臨床心理の専門家になったわけです」
久保利「ほぉ」

濱田「その仲間たちと私も付き合ってたわけですけれども、裁判員制度が始まる時に、私が最高裁にいる時に見学に来たわけです
久保利「なるほど」

濱田「裁判員が6人とそれからプロフェッショナルの裁判官が3人で9人」
久保利「9人でしたね」

濱田「合議をするわけですね。その合議というのがいわゆる臨床心理でいうところのグループワークにあたるということで、

裁判員裁判というのは臨床心理的なサイドがあるのではないかということで、研究をしようということで、朝日カルチャー研究会の中で裁判員制度研究会というものを作り、制度が始まる前から最高裁にも意見書を出したりしたんです。

裁判員というのは、先ほど久保利さんがおっしゃったように、非常に心理的な負担というのが大きいわけですよね」
久保利「でしょうね」
濱田「それをケアするシステムというのが」
久保利「ないでしょう」

濱田「裁判所、わからないわけですからね。しかるべき形で整えるべきだという提言をしたんです。私も提案者の中に入っているんですけど、辞めた弁護士出身の裁判官、別にどうってことはない。最高裁は返事もしないんですね。2回そういうの出しましたけどね。

裁判所としては、裁判員で心理的な負担があった人たちには5回までカウンセリングを負担しますと。

そういうチャネルがあるんですけれども、カウンセリングというのは専門的な立場から言うと、身体的な傷であれば、1ヶ月なり3ヶ月なり、全治5ヶ月なり、心の傷というのは5回やれば治るというわけじゃねえんだ」
久保利「(笑)」

濱田「全然わかってない」
久保利「5回というところがダメですね」

濱田「それが役所的なんだけどね」

濱田「いずれにせよ裁判所がしつらえてる、裁判員に対する心理的な手当てというのは、一応制度はあるんだけど、ほとんど機能をしていないわけですよね。それで朝日カウンセリング研究会が、色々とケアをしようということで始めたんですが、

結果的にはですね。裁判員というのは、いまだに非常に秘密性が高いというかですね。守秘義務の問題もあって、やったということ自体もあまり」
久保利「言うな」

濱田「言うなってことはないんだけど、実際にはなかなか言いづらい」

濱田「アメリカの陪審員なんていうのはですね。審理中はこれはもちろん言っちゃいけないんだけど、あとはですね。あいつが何言ったこれ言ったということまで本に出したりなんかしてね。自由にやってますけれどもね。裁判員は必要以上に守秘義務の縛りが強くて心理的な負担が大きい」

久保利「そこで解散したらおしまいだもんね」
濱田「そうです」
久保利「仲間も」


濱田「国民の司法参加ということで、検察審査会というのがありまして、6ヶ月の任期です。これは一つの事件というよりは期間。裁判所の中にもお世話するところがある」
久保利「ありますね」

濱田「アフターケアもしてるわけですよ。だから裁判員のアフターケアをね。裁判所がするべきだと言ってるんだけど、やらないんだけどね」

濱田「被告人にカウンセリングをすべきであるということで、華子は、刑事事件の裁判員裁判の10数件の」
久保利「ケアね」
濱田「カウンセリング」
久保利「カウンセリング」

濱田「裁判員がケアできなくて、結局」
久保利「被告人の」
濱田「被告人のケアをしたというような形があります。
非常に成果をあげたんです」

濱田「裁判所でも家庭裁判所には、カウンセラーや臨床心理士たちはですね」
久保利「いますよね」
濱田「いますよね。でも一般の裁判所は関係ない」

濱田「裁判官の教育で、臨床心理的なものをいれるべきだと、私も長年主張して、検察官にも言ってるんですけどね。裁判官は多少最近はやるようになったのかな」

濱田「刑事裁判というのは、一般国民もそうだけど、一般の臨床心理士、カウンセラーは怖いんですよ」
久保利「うん」
濱田「自分と距離があって、自分は裁判」
久保利「なんか、とんでもないやつが起こす事件だと思ってる」

濱田「裁判員裁判というものは10年以上経ってそれなりに動いては」
久保利「定着はしてきましたよね」
濱田「定着はしてきましたけれども」

久保利「ただ」
濱田「まだまだ裁判員の問題だけじゃなくて、人間の心理的な問題についての配慮がですね。会社の中でもですね、まだまだ足らないというところがあるんじゃないかという気がしてね」

久保利「ありますよね。パワハラでもそうだし、セクハラでもそうだし」
濱田「そうですね」

久保利「結局は人間の心理が行っている。社会的には悪事というふうに呼ばれても、それは悪を為そうと思ってするんじゃなくて、メンタルにやっぱり気の毒な人たちというのもいる。ケアする組織がないんですよね」

濱田「産業カウンセラーが一応やっていますけれども、日本の経営のトップクラスがそういった問題について理解が足らないという問題がありました」
久保利「トップがね、結局はね」

濱田「性差別の問題とかパワハラの問題とかですね。今起こってる日本の現象というのは、たとえば北欧諸国なんかと比べると、女性の扱いというものがですね。こういう国際的な機関のランキング120何位とかですね」
久保利「すごいですよね」
濱田「すごいですよね」

久保利「もう下から何番目ですからね」

濱田「法律家、法律弁護士のやる分野として、非常に重要な問題ですしね。そういったことに女性の弁護士だけじゃなくて、性別を別として」
久保利「別としてね」
濱田「法律家として扱っていかなきゃいかん問題です。後見人できるわけなんですよ」
久保利「やれば、できる」

濱田「弁護士自身も人間心理の問題について、もう少し」
久保利「ねえ」
濱田「常日頃、研究した方が」
久保利「だから僕は増員賛成と。弁護士をたくさん増やせばいろんな人たちが入ってくるから、多様性があって、そういうケアができる人たちもきっと入ってくるだろうと思うんです」

【濱田邦夫 PROFILE】
弁護士・元最高裁判所判事
1936年 生まれ
1960年 東京大学法学部卒業
1962年 弁護士登録
1966年 米国ハーバード大学ロー・スクール大学院修了
1975年 濱田松本法律事務所(現:森・濱田松本法律事務所)開設
1991~1992年 環太平洋法曹協会(IPBA)初代会長
2001~2006年 最高裁判所判事

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