MRのいい話

MRのカルテ (No.2)

医療ライターの三浦秀一郎です。MRのいいお話を連載します。お読み頂ければ、光栄です。(尚、本文はフィクションであり、実在のいかなる団体・個人等ともいっさい関係ありません)


〇 賭け麻雀で儲けた内科医 (カルテNo.2 少し古いお話)

「ロン、はい親マン。割れてるよ……」                「先生、それはないっすよ……。ドボンです。まいったな―」

 時刻は夜中の零時を少し回っている。メンバーは内科のドクター二人と、大手医薬品メーカーの若手MR、そして私である。大手のMRがまた振り込んだ。今夜はすでに七万ぐらいになっているはずである。

 毎週水曜日、遅い時刻から医局の和室で麻雀が始まる。遅い時刻とは、医局の先生方が皆、帰ってからという意味で、はっきりとした開始時刻はない。そして麻雀が定例となってから、一年が過ぎようとしていた。

 我々MRは、接待麻雀を本音で語ると、苦痛であまり楽しくない。しかし先生方は楽しみにしている。時に役マンを上がるものなら、欣喜雀躍のごとくである。

 この麻雀は半半荘戦の割れ目ルールで、勝負が早く、集中力が問われる。大手のMRは、今夜もこの調子だと十万はいくだろう。つきに見放されていることが、分かっているにもかかわらず、挽回しようとして、大きい役作りに走っている。役は、見え見えである。

 この一年間、麻雀で彼と付き合ってきたが、なかなかレベルアップはしていないように思う。そして、いつも最後に二人の内科ドクターの餌食になっているのだ。

 内科ドクターの牌回しは、確かにうまい。しかし、彼はいくら負けても一度も止めたいと言ったことがない。これが不思議であった。

 よっぽどの金持ちなんだと私は思っていた。そうこうしている間に、決定的瞬間がやってきた。私が四暗刻(スーアンコウ)単騎待ちを聴牌したのだ。早い回りの単騎待ちは、上がりの確立が高い。今まで配パイは、パッとしなかった。それが突然、流れが変わったのだ。

 久しぶりの役満に、心臓が早鐘を打って、今にも口から飛び出しそうになった。しかし、いつも通りに振舞うことが麻雀の鉄則である。いつ、どんな高い手でも興奮して指先が震えていては、相手に分かってしまうのだ。

 私は、ダントツのドクターから上がりたかった。この一年間を振り返って、勝ち負けをトータルすると、内科副部長の勝ち分はかなりの点数になっているはずである。軽自動車一台分ぐらいは稼いでいるかもわからない。それを考えると、益々興奮してくるのであった。 

 二巡して、突然、大手MRから待っていた単騎の牌が出た。一瞬、見逃したかったが、麻雀の勝負は当たり牌を意図的に見逃すと、後は碌なことはない。過去に、接待麻雀で幾度となく痛い目に遭っている。学習機能が働いた。私は低い声で「ロン」と言った。皆が早い上がりに動揺した。まして割れ目の親である。牌を倒すと更に皆は青ざめて言葉を失った。

 その夜の、私の一発で楽しいはずの麻雀は、完全に壊れてしまった。私はその一回で、ご祝儀と点数で三万ほど稼いだ。大手MRの負け分は結局、十二万に達していた。

 内科副部長が「今夜はこのぐらいでお開きにしようか-」と疲れた口調で締めを宣言した。それに皆が従った。結局、私の勝ち分は、役満が効いて三万になった。このところ麻雀はトントンできていた。プラスは嬉しい。しかし、残りの大手MRの負け分は、二人のドクターに入ることになる。彼の一人負けとなってしまった。

 翌週、突然、内科副部長からメールが入った。すぐに来てくれないかというのだ。余っ程の急用らしい。私は車を飛ばした。   

 急いで先生に面談すると、開口一発「彼が転勤になったよ。さっき上司と挨拶に来たよ。突然、移動になったらしい……」と言った。私は、恐る恐る、麻雀の支払いの件を聞いた。もしやそれが原因ではないかと考えたからである。すると、先生は、驚くべき言葉を発した。

「ああー、その事は心配ないよ。彼はちゃんと払ってくれてるよ。臨床データでもよいことにしたんだ。ちょっと書くのが面倒くさいけどね……」

 私は「ガツン…」と頭を殴られて、気を失いかけた。あの会社は、確かに院内の採用製剤数は多い。しかし、その手段があるということには気付かなかった。私は心の中で「はぁー、何それ……」と大声を上げながらも、正直いって羨ましかった。

 その彼を内科副部長は心配して、病院の実績もナンバーワンだったことから、急な転勤の理由を知りたいというのである。そして、その理由を調べてくれないかと依頼してきたのであった。

 暫くして、呆気なく全貌が判明した。それは、後任の麻雀の出来ないMRが、何気なしに漏らした内容で分かったのである。

 先生と私は、意図的なものを感じなからも、後任MRに詰め寄った。彼が言うには、「前任者は、結局本社に入りました。本社の営業本部です。実績も上位でしたし、伸長率もすごかったからです。先輩は数字に凄く強かったのです。学生時代、雀荘で雀ボーイのアルバイトをしておりました。プロの大会にも出たことがあったようです……」

 先生と私は、お互い顔を見合わせた。そして「あちゃー、あいつにやられたよ―」と、大笑いをしたのである。計画的に、完全に仕組まれていたのであった。暫くして、メンバーの三人に転勤の挨拶状が届いた。ほぼ同じ文面であった。

「皆様、暫しお付合いを頂きまして、心より感謝を申し上げます。毎週水曜日の麻雀は、学生時代を思い出しながら、楽しく過ごさせて頂きました。また、先生方には、当社製剤をこよなく愛して頂きまして、御礼を申し上げます。お蔭様で、念願の本社・営業本部に勤務することができました。偏に御三人様のお蔭でございます。しかし、あの四暗刻単騎待ちには、まいりました。私の腕も衰えたものでございます……。お恥しい限りと思っております。それでは皆様、お体にご留意を頂き、益々のご活躍を祈念申し上げます。失礼致します。……雀ボーイXより」