バドストーリー02

バド・ストーリー(四天王編)

医療ライターの三浦秀一郎です。バドミントンが好きで、小説を書きました。10回の連載です。お読み頂ければ、光栄です。


バド・ストーリー(四天王編)  (1)

 顧問の川島は「みんな、もっと根性を出していこう。勝つためには根性しかないよ……」といつもの如く説得力のない激励の挨拶を始めた。関東大会県予選が目前に迫った県立船橋中央高校バドミントンクラブの例会である。すると、「根性なんか必要ないわ。なんにも知らないのね。川島先生……」と志保の真横で知美が「ぼそっ」と小声でつぶやいた。志保はそのつぶやきの意味を身にしみるほど深く理解していた。しかし、知美のどきっとするいつもの発言には、部員に聞えはしまいかといつもハラハラさせられる。

 顧問の話が終ると部長の藤井志保は「川島先生、ありがとうございました。今日はみんなに、来月の予選会の戦略について説明します。一・二年生は、よく聞いててね。戦略担当は田崎さんです」そういうと志保は、副部長の知美を指名して自分はスクリーンの横にすうーと立った。

 県立船橋中央高校は、県下で御三家と呼ばれる進学率上位の有名校である。一方では、部活動も活発で多くの優秀な成績を残している。それは、長い歴史の中で育まれてきた学風の「秀才の運動オンチ」という言葉をひどく嫌うことに起因していた。さらに茶髪とか、一時期大流行の「ルーズソックス」も、生活指導の先生達は一度も注意したことがない。実に不思議と言えば不思議だが、生徒の価値観がそうさせているのである。

 その中でバドミントン部女子の成績は、泥沼にはまったかのように負けが続いていた。団体戦も個人戦もことごとく二回戦で敗退するのだ。そんな時志保はクラブの部長を引受けた。てんでバラバラな総勢三十名弱のバドミントン部である。しかし、部員の中には厚い信頼のおける、頼もしい友がいた。

 田崎知美は天文学者を目指す副部長である。担当は競合チームの情報収集と細かい戦術の立案である。すでに翌月の関東大会県予選の準備は完了している。

 早川きららは競技規則に精通している。審判資格準3級を取得していて部員皆がルールを聞きにくる。もっともその中で川島先生の頻度がとび抜けて多い。きららは中学一年の頃から「バドマガ」のQ&Aをコピーしてスクラップ帳を作成していた。そしてそれが、いつしか「競技規則」に載っていない自分だけの貴重なデータファイルとなっている。その作業は今も続けている。きららは千葉大の教育学部を目指している。教師こそが自分の天職と決めていた。

 中原百花は、何かと食べ物にうるさい。将来の職業は医師である。東京医科歯科大をねらっていると一度だけ洩らしたことがあった。市川市にある病院の院長ご令嬢らしい。問い詰めると途端に怒り出す。いつしかその話題はタブーになった。トレーニングメニューの原案は全て百花に任せてある。医学的知識を取り入れたそのメニューには皆が驚き、感動しながらトレーニングを熟(こな)している。

 志保が部長を引受けてから最初の関門は秋の新人戦であった。組合せがよかったという噂もあったが、地区大会では決勝戦まで進み、惜しくも優勝を逃している。その頃から、志保、知美、きらら、百花の四人は『県船中央の四天王』と囁かれるようになっていた。                     つづく