MRのカルテ (No.5-Ⅱ)
医療ライターの三浦秀一郎です。MRのいいお話を連載します。お読み頂ければ、光栄です。(尚、本文はフィクションであり、実在のいかなる団体・個人等ともいっさい関係ありません)
〇 ドクターのひそひそ話 (カルテNo.5-Ⅱ)
医局を定期訪問していると、信頼のおけるMRには、ドクターが、ぽろりと本音を漏らしたり、ドキッとする怖い話を教えたりする。それを幾つか紹介しよう。
③大腸ファイバーの一声運動
「先生、穴が違うような気がすんだけんどな……」
と検査を受けているおばあちゃんが、若手消化器内科ドクターに声をかけた。そして、その後とんでもない出来事が発覚した。
大腸ファイバーの検査とは、内視鏡スコープを肛門から挿入し、大腸の中を直接観察して、もし、小さなポリープなどがあればその場で取ることもできる検査である。また、組織検査(生検)もでき、現在の大腸精密検査の主流となっているものである。
検査を行っている若手ドクターは、画像の中に壁を発見した。いつもの風景と全く違うのである。始めてすぐ、ドクターは「これはもしや―」と直感した。そして「もしかして私はとんでもないことをしているのでは―」と思ったそうである。すると、
「先生、やっぱ、穴が違うよ。穴を間違っちゃ商売できねーべよ。しっかりやってくんなよ……」
とおばあちゃんからのお叱りの言葉。ナースから、軽蔑の視線。額からは、タラリと脂汗。若手ドクターは、その場から逃げ出したかったそうである。そして、スタッフの顰蹙を買いながら、清潔なもう一つの機材で検査をおこなったそうである。
その後、消化器内科の医局会で、今後の対策が話し合われた。その具体策は、次の内容であった。
1うつ伏せか、仰向きかを、声をかけて確認しよう。 2高齢のご婦人には、特に注意を払いましょう。 3そして、大腸ファイバー挿入時は、落ち着いて、ゆっくりと心を込めて、 そろーりそろりと挿入しましょう。
④坐薬の臭い話
「坐薬って、座って薬を飲めばいいんだべさ―、そったらごとは、昔から分がってるよ―」
と外来で一つの事件が起きた。高熱で外来を訪れたおばあちゃんに、熱発(発熱したとき)時の対応として、坐薬も処方したのである。そして三日後、再来の際にある事件が発覚したのである。
「おばあちゃん、具合はどうですか―」
と外来ナースは優しく尋ねた。
「いじど(一度)、熱がでて、坐薬を使っただ。あれがまた、よぐ効いたねー。飲んだら汗が出てきて、すうーと熱がさめたね。やっぱし、あの薬は座って飲むのが一番だな……」
外来スタッフは、全員が凍りついた。田舎の老人の坐薬のコンプライアンスは非常に難しい。薬といえば、注射剤以外は、全て飲み薬と思っている。外来ナースはすぐ、担当ドクターに連絡をとった。そして、服薬指導を行った。勿論、ドクターとともに、薬剤師による懇切丁寧な服薬指導となったのである。
するとそのおばあちゃんは、「はやぐ教えてけれ、はじめで知っただよ。世の中いろいろな薬があんのだね。坐薬は座って飲むもんだと、うじ(内・家)の父さんがしきりに言うもんで、そうしたんだ。うじの父さんのいうごどは何でも正しいかんね。したけど、あのロケットみたいなのをおしりに入れんのけ。恥しいーな。あのロケットは飲みにくいし、今度はおしりだべ。やっぱし、飲み薬でおねげーしますだ―」
老人といえどもプライドがあるのだろう。次回処方のときは、飲み薬で処方するということになった。
今時、服薬指導で坐薬の使用方法まで事細かく説明する医療機関は少ない。それだけ普及しているということと、使用方法が説明書に記載されていることもある。田舎に行くと、実際、このようなおばあちゃんもいるようだ。誤解も少なくない。その後、薬剤部は改めて「坐薬の使用方法についての一声運動」を展開したのだ。対象は院内と院外である。院内は、薬剤部の窓口で説明し、さらに各ドクターにも一言服薬説明を行ってもらうことにした。また、院外は、院外処方箋の関係する調剤薬局へ協力をお願いしたのである。
その一声とは、「坐薬が処方されております。坐薬はおしりから入れてご使用ください」である。
薬剤部は、言葉の後に続けて「口からは絶対に飲まないでください」と付け加えたかったが、ドクターからの反対意見で、それは入れないことにした。
理由は、キーワードが「おしり」と「口」の二つになることを避けたいというのである。つまり、二つのキーワードが存在することで、また、忘れてしまう患者さんがいるのではという配慮からであった。
このようにして、薬剤部は「おしりの臭い話」に振り回されたのであった。