エッセイ13 アジ釣り
海での釣りと言えば「アジ釣り」を思い浮かべる人は多いだろう。
夏の暑い時期に港や堤防から竿を伸ばせば、すぐに糸の先に何匹か連なって釣れてくれる、子供に大人気のお手軽な釣りのひとつだ。
そこで使われる仕掛けはサビキと呼ばれる。サビキ仕掛けとは、小さな針にピラピラとしたゴムの切れ端のようなものを付け、糸の先から等間隔にいくつか結び付けたものだ。そのピラピラしたゴムやキラキラ光る針をエサと勘違いして食い付いてきたアジを釣り上げる。
しかし、ただのゴムや針に食いついてくれることは稀で、コマセというアジを集めるための寄せエサを針の周囲にまき散らす。コマセは糸の先端に結びつけた籠(かご)の中にたっぷりと入れて、仕掛けとともに海の中に投げ入れる。エサと針が水の中でごちゃごちゃと混ざったところで、ピラピラゴムやキラキラ針をエサと勘違いしたアジが食いついてくるのだ。
そのコマセはアミエビから作られていることが多い。アミエビというのは桜エビに似ているのだが、実はエビではなくプランクトンの一種らしい。しかし見た目も味もそっくりで乾燥アミエビなどは焼きそばやお好み焼きなどにかけるととてもおいしい。
しかし釣り用のコマセとして使うアミエビは、生のものであり独特の強烈な匂いがある。まさに釣りの餌という匂いである。魚を寄せるためには匂いが強い方が効果があるようだ。
ルアー釣りを専門とする私は、アジ釣りをするときには、ワームというやわらかい樹脂でできたルアーを使っている。当然エサは使用していない。エサの匂いが手に付くこともなく、車の中が臭くなることもない。この点ルアー釣りは始めやすい釣りなのかもしれない。
しかし、ルアーは本物のエサではないのであまり釣れない。
小さ目のアジは口も小さく、ほどほどのボリュームのあるルアーに食いついたとしても、針にかかることはない。
その分、釣れる時にはそれなりの大きさのアジが釣れる。数は出ないが釣れれば大きい。というのがアジのルアー釣りである。
いつものようにルアーでアジを狙っていると、しばらくしてサビキ釣りのおじさんがやってきた。
「となりいいかい?」
私の釣っている隣に入っても良いかと声をかけてくれた。
「どうぞ~」
私が釣り始めてからその時までアジは一匹も釣れていなかった。
サビキ釣りをする人が隣で釣ってくれると、撒かれたコマセ(アミエビ)にアジが寄ってきて、ルアーにも食い付いてくれることがある。隣でサビキをしてもらうのはルアーマンにとっては歓迎すべきことなのだ。
おじさんはサビキ仕掛けの準備を終え、釣り始めた。
「じゃぽ~んっ!」
コマセ(アミエビ)の入った籠(かご)が勢いよく海に飛び込む音がした。籠がサビキ針を引き連れて水の中に沈んだ後、大きなウキが海面に浮かびあがった。
ウキが水の中に沈み込めばアジがかかった合図だ。
何度か投げては回収を繰り返しているが、アジからの反応は無いようだ。
おじさんは投げる角度を少し変えた。
浮き上がるウキの位置も少し変わった。
左の頬(ほお)に何かがあたった感触を感じ、私は空を見上げた。
「あれ?雨降ってきたかな?」
空は白い雲が少し。雨が落ちるような気配ではなかった。
その後もおじさんはアジを寄せようと投げ続けていた。
今度は私の首元に、ピチャッと。。。
何だろう?と拭き取ったその手のひらにはアミエビが。。。。
おじさんの方を見ると、まっすぐにウキを見つめていた。まったく気付いていないようだ。
声をかけるべきか、ほっとくべきか。
それとも。。
おじさんの投げるタイミングと角度を観察し、アミエビの飛んでくる軌跡を頭に記録した。
毎回飛んでくるわけではないようだ。
全く飛んでこない安全エリアの位置も把握できた。
安全エリアは今の私の立ち位置から数歩横に移動すればたどり着ける。
答えは決まった。
横にジワジワとカニ歩き。
安全エリアに到着。
おじさんの撒いたアミエビで、アジが寄ってくることを期待しながら釣り続けた。
おじさんには小さなアジをたくさん釣ってほしい。小さなアジの後ろに付いてきた大きなアジはルアーで釣り上げよう。