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『Les intrigues de Sylvia Couski 』1960年代パリのトランスコミュニティにおけるパイオニア"Jacky"ことGaëtane Gaël出演映画

スペイン出身のアドルフォ・アリエタ監督が1974年に製作した映画『Les intrigues de Sylvia Couski 』(英題:The Adventures of Sylvia Couski)。彫刻家である元夫の展示会を台無しにするために元妻とその恋人が作品を盗み出す。大切な作品を盗まれてしまった彫刻家と新しい恋人はどうするのか?という一応のストーリーは用意されているが、ほとんどあってないようなもの。彫刻作品を巡る男女間の感情のもつれやサスペンス要素はほとんど皆無だった。むしろ当時のパリの様子とトランス女性たちが思い思いの出で立ちで街を闊歩する姿が散りばめられている。

MUBIの作品紹介によるとアドルフォ・アリエタ監督はFHAR (英訳:Homosexual Front for Revolutionary Action,和訳:同性愛革命運動戦線)のメンバーをキャストとして起用したとされる。確かに劇中では数人のトランス女性が登場している。その中でも際立っている(むしろ彼女が主役と言ってもいいぐらい)のはGaëtane Gaëlという芸名でクレジットされている人物。映画冒頭の監督自身の肉声による演者紹介では"Jacky"Gaëtane Gaëlと呼ばれている。

Gaëtane Gaëlは主役の男(彫刻家の元妻の恋人)の行く先々にまるで待ち構えていたかのように現れる。ベンチに座って男を見つめたり、街角に立って男からタバコの火を借りたり、カフェでビールを飲む男の前にやってきて手相占いをしたり。極めつけはフェアリーなドレスを着て星の付いたステッキを持って男の前に現れる。どのシーンでも個性的なファッションで一見するとそれぞれが別人のように見える。しかしその高い身長とくっきりした頬骨で同一人物と認識できる。

彼女は一体何者なのだろうか?

インターネットで「Gaëtane Gaël」を調べてもこの映画に出演したことが記述されているぐらいで全く見当がつかない。それでも諦めずに掘り下げていくとフランスのゲイカルチャー誌に彼女の追悼記事を見つけた。

「トランス(セクシャル)のパイオニアでストレームホルムのミューズが亡くなる」と題するこちらの記事。Jacky、Gaëtane Niquetという名前でも知られる彼女が2017年11月28日に亡くなったことが報じられている。

Gaëtane Niquetはカルーセルドパリのバーレスクショーで歌手として活動した後、アドルフォ・アリエタ監督の作品に出演。胸が大きく金髪のトランス女性が目立っていた時代、胸を強調せず髪を長く伸ばした姿が他とは異なっているがゆえに印象的だったという証言もある。40年代映画の生き字引としても知られ、あらゆる映画の女優と脇役をそらんじることが出来たそうだ。またホロコーストやロマの歴史の本を読んでいたというエピソードからは非常に高い教養の持ち主だったことがわかる。

彼女に言及する記事やネットの投稿を見ていくと必ず登場するのがスウェーデンの写真家クリステル・ストレームホルムだ。彼は1960年代にパリのトランスコミュニティに密着取材し、性転換手術を受ける費用を稼ぐために赤線地区で働く女性たちの写真を撮影している。のちに1983年になって当時の写真をまとめた写真集『Les Amies de Place Blanche.』が発表される。(Amazonで購入しようとすると高額)この写真集の中に登場する数々の女性たちの中でも一際目立つ存在こそが"Jacky"だったのだ。

映画『Les intrigues de Sylvia Couski 』は物語としては全く体をなしていない。ただひたすら続く詩的表現に耐えるのみ。それでもGaëtane Gaëlという存在を知ることができただけで大きな収穫だった。

このサイトや下のYouTube動画では写真集から多くの作品が引用されている。

原題:Les intrigues de Sylvia Couski 監督:Adolfo Arrieta(1974年)

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