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週刊リテラ 第一号(2024/07/15)

日本語の書籍さえ読みきれていないにも関わらず、海外では一体どんな本が読まれているのだろうか?という疑問が頭に浮かんだが最後。膨大な数の新刊本に目移りしてしまい夜も眠れなくなっている。ノーベル文学賞の受賞作も目下読み進めている最中だが、英語圏や中国語圏で話題になっている書籍を中心にリスト化し、記録をつけていこうと思う。

今週目に留まった書籍は映像化が決まっている作品が多かったように思う。出版から数ヶ月経っていることもありTikTokの感想動画も多数出回っていた。彼ら・彼女らの感想を見ていると、エンタメ性がありつつ今っぽい社会的なテーマを孕んでいる作品が話題になっているような気がする。すでに日本のいわゆる映画評論家が話題にしているものもあったが、ほとんどは日本で知られておらず今後どのように受容されていくのかは全くの未知数に思える。そもそも未邦訳である時点で読書のハードルが高すぎて人の関心を引けるような内容ではないとも思うのだが、リストの集積はいずれ大きな意味を持つと信じて“週刊リテラ”と名乗り更新していくことにする。

『我妈笑了(私の母は笑った)』 シャンタル・アケルマン著 北京联合出版公司 2024年5月

シャンタル・アケルマンの映画人としての歩みは、15歳の時に出会ったゴダール作『気狂いピエロ』から始まったというエピソードはよく知られている。彼女のフィルモグラフィーは時代とともに再評価され、『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』に至っては映画史における最重要作品の一つとして数えられるほどになっている。しかし映画制作以上に文章を書くことが彼女にとって重要な意味を持っていたことはそれほど知られていない。実はあのゴダール映画に出会うまではずっと作家になることが夢だったのだという。「私を救ってくれるのは文章を書くことだけ」と書き残しているだけでなく「いつか映画を撮れなくなっても、書くことは決してやめない」とさえ言っているそうだ。

『私の母は笑った』は2013年に出版されたシャンタル自らが書いた自伝である。人生において最も大きな存在であった実の母親が病気の進行によって介護が必要になり、彼女がニューヨークからブリュッセルに引っ越して共に住むようになった時期のことを描いている。母の介護について詳細を記すだけではなく、母娘の関係や自らが患っていたうつ病のこと、さらには母親のホロコースト体験に至るまで、時間軸を自由に飛び越えながら筆を走らせている。フランス語の主語人称代名詞があまりにも自由に変化するため翻訳者にとっては頭の痛い文体らしい。

本書は早くから英語訳が存在していたが、2024年4月に北京の出版社より中国語版が出版された。他のアジア圏の国々と同様に中国でもフェミニズムへの関心が高まっている中で、シャンタル・アケルマンの映画だけではなく著作にも注目が集まるのは自然なことだろう。SNS上では内容だけでなく翻訳の質(特に頻繁に変わる人称の問題)について闊達な議論が交わされている。おそらく中国でも今後長く読み継がれていく本になるだろう。遺作となった最晩年の母にカメラを向けた作品『NO HOME MOVIE』と合わせて読む価値のある一冊と言える。

『James』 パーシヴァル・エヴェレット著 Doubleday社 2024年3月

ハックルベリー・フィンに寄り添う逃亡奴隷 ジムの視点から物語を再解釈した作品。彼の知性や思いやりを新たな角度から描いている。原作に登場する基本的な出来事をたどりつつ、原作では欠落していた人間性をジムに与えている。これまでにも何度か試みられてきた『ハックルベリー・フィンの冒険』の語り直しの新たな到達点と言えるだろう。

ハックとジムによる逃亡の旅はいつも同じ軌道をなぞるわけではない。ジムは各地で奴隷として売買されながらも危機一髪のところで脱出する。残してきた妻と娘を解放するために立ち上がる姿は胸に迫るものがある。舞台となっている時代の奴隷制実態を知らないままで読み始めると、当時の黒人たちがあまりにも軽々しく売られたりレイプされる場面にショックを受けるだろう。

主人公のジムは本書のラストシーンである人物から名前を尋ねられ「ジェームズ」と名乗る。NYTブックレビューポッドキャストではジムが”just James "と名乗る場面を、ジェームズ・ボンドにかけて"James out of bondage”(解放されたジェームズ)とコメントしている。"just"に含まれる公正・正義のダブルミーニングから「正義のジェームズ」という取り方もできるのではないか、という指摘もあった。

著者はパーシヴァル・エヴェレット。2024年アカデミー賞の脚色賞『アメリカン・フィクション』の原作小説も手掛ける。アメリカ文学での黒人の描き方のアップデートを牽引する作家とも言えるかもしれない。すでにスピルバーグが映画化する話も出ているので注目する価値あり。

『All Fours』ミランダ・ジュライ著 Riverhead Books社 2024年5月

45歳の主人公は著者のプロフィールとも重なる多方面に活躍するアーティスト。夫と子供を家に残してLAからNYのロードトリップに出かけるが目的地に辿り着かない。市内から30分ほどの郊外二位置するモーテルに落ち着く。そこで出会った若い男女を巻き込んだ中年女性の更年期・性的衝動・結婚観を描いている。

ミランダ・ジュライの下品で哲学的なユーモアが女性の更年期という題材を率直かつ面白おかしく笑い飛ばす。“不敬でありながらも感動的“という褒め言葉もあながち間違いではないかも。邦訳出版のタイミングで多くの反響を呼ぶ予感がする。10年ぶりの新作というだけでも話題になること間違いなし。

著者に関する情報は日本語では基本的に文字情報がベースになるが、意外と本国ではイベントへの登壇やメディア露出が多い方という印象。この機会に本人の口から語られる言葉に注目するのもいいかもしれない。

『Margo's Got Money Troubles』 ルーフィ・ソープ著 William Morrow社 2024年6月

主人公はジュニアカレッジ(2年制大学)に通う二十歳の女性。不倫関係にあった教授の子供を妊娠したことで転機を迎える。子供を産む決意をするが仕事もなく借家の立ち退き寸前。経済的に追い詰められた彼女は現金収入を得るためOnlyFansを始める。そこに転がり込んできた元プロレスラーの父親から魅力的なキャラクター作りや観客を惹きつける方法を学びいつしか配信で大成功を収めるようになる。

著者のルーフィ・ソープは長年に渡り“絶対的に応援したくなる母親かつセックス・ワーカーである女性”を主人公に据えた小説を構想していたそう。とはいえそれを両立させる設定が思いつかなかったと語っている。パンデミック中にOnlyfansが人気になったことを機にこの設定を思い付き、アカウントを開設して50ドルのチップを配信者に送りながら、彼女たちへの取材を重ねたそうだ。ちなみにOnlyFansとプロレスをひとつの小説に盛り込むのは当初の構想ではなかったらしい。

アメリカでの出版前の2024年2月の時点でAppleが権利を獲得し全8話のドラマ化が決まったとの報道が出ている。主人公をエル・ファニング、共演者としてニコール・キッドマンの名前が連なる。A24が手掛けるとなると世界同時配信で話題になることは間違いない。すでに邦訳の出版も進行している気がする。

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