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『Play It Safe』リベラルな空間に潜む黒人差別を暴く13分の短編映画

どんなに不道徳な映像表現も成人指定を受けてしまえば(法に反しない範囲で)公開することができる。しかし人の心の奥底に潜む邪悪なものを呼び起こすほど不道徳なものを、一切の規制なしで描き出すのは至難の業だ。いや、ほぼ不可能に近い。

MUBIで去る10月26日より配信が始まった13分の短編映画『Play It Safe』はその不可能に挑戦し、それを成し遂げてしまった大傑作だ。

タンクトップのネコ科の動物が四足歩行をしている場面から物語は始まる。ぐるぐると同じところをまわりながら、その場に居合わせた人間たちを品定めするような目つきをしている。中年女性の合図で動物は若い女性に戻る。張り詰めていた緊張が解け、この空間が演劇学校のロールプレイの授業だったことが明らかになる。

主人公はこの授業に参加していた男子学生・ジョナサン。男女入り交じるクラスメートとの関係も良好で、互いに気心の知れた雰囲気を醸し出している。ただひとつ違和感があるとすればジョナサン以外の生徒と女性教師が全員白人であることだろう。

場面が変わり授業が終わったあとのロッカールーム。クラスメートの男子二人がジョナサンに話しかけてくる。「お前も金曜のライブ来いよ!絶対来るよな」「そうだ、俺の知ってる女の子にお前のインスタの写真見せたらすっかり魅了されてたぜ」「紹介してやるよ」「そういえば俺の書いた台本読んでくれた?頼んだよ!」二人は言いたいことを話し終わると行ってしまう。この時のジョナサンの神妙な表情の意味はまだわからない。

次のシーンは最初の授業で使っていたと思われる教室。授業が始まる前に先程の二人がジョナサンに自作の台本を渡している。「この役を是非ともお前にやってほしいんだ」そこへ女性教師もやってきて「二人は本当にこの役をあなたに頼みたいと思っているのよ」とダメ押しをする。カメラはゆっくりとジョナサンが持つ台本のセリフを映し出す。そこに並んでいたのはいかにも黒人チンピラが吐きそうな言葉。ジョナサンの表情は曇ったままだ。

その後、生徒たちは再びロールプレイの授業に参加する。ルールは簡単だ。まず動物の描かれたカードをシャッフルして帽子の中に入れる。そして順番にカードを引いてそこに描かれた動物を演じる。生徒が全員カードを引き終わると女性教師は念押しをする。「Remenber, don’t play it safe.」この授業で最も重要なのは動物を演じることではない。自分の殻を破って動物そのものになること。その動物が憑依したかのように動くことができれば合格点なのだろう。

いよいよ物語はクライマックスを迎える。カードに入った帽子がジョナサンのもとに回ってくる。誰にも見られないように引いたカードを覗くと、そこに描かれていたのは滑稽な猿の絵だった。目の前ではリスになりきる女子生徒がちょこまか動いている。しかしジョナサンは呆然としている。「自分の番が来たらどうしよう」「別のカードを引かせてもらおうか」「そんなことをすればクラスメートは否が応でも俺のことを意識せざるをえない」頭の中をものすごいスピードで考えが巡っていく。そして女性教師が彼の番がやってきたことを告げる。

ジョナサンはクラスメートの前に立ち、カードの絵が書かれた面を皆に見せる。その場にいた全員の顔が瞬時に曇る。カードを交換するべきだという声が上がる。ジョナサンはそれを退ける。そしてゆっくりと前屈みになり、両手両膝を床に下ろす。

白人の前で黒人が猿を演じさせられる。これほど不道徳な光景があるだろうか。そのことをクラスメートたちは痛いほどよく理解している。かのグレートブリテンこそ黒人奴隷貿易の恩恵を受けてきた国ではないか。カメラは猿を演じるジョナサンではなく、彼を見る白人たちの目を追っている。直視する者もいれば、目をそらすものもいる。その空間に響くのは猿となったジョナサンが放つ荒い息遣いだけ。息が詰まる静寂が続く。

張り詰めた緊張の糸が切れそうになったとき、ひとりの生徒の拍手が鳴り響く。それに続くようにしてその場にいた全員がジョナサンの迫真の演技に喝采を送る。そしてカメラは汗だくになったジョナサンの顔にズームしていく。

一見リベラルで人種差別とは無縁な演劇学校という空間に潜む黒人差別。この作品を観た人の感想の中に”マイクロアグレッション”という言葉を引き合いに出しているコメントを見つけた。まさにそのとおりだとおもう。この作品は主にアフリカ系の人々に対する傲慢を描いている。しかしこの作品を見終わった後には、あらゆるマイノリティーに対する自分自身の隠れた差別意識に向き合わざるを得ないだろう。

●作品情報:『Play It Safe』 監督:Mitch Kalisa 2021年

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