Advent calendar (12/24)
●12月24日●
「今日は急遽ファン・テギョンさんをゲストにお迎えしました
みなさんへのイブのプレゼントに
テギョンさんご自身の選曲による歌を生で披露していただきますよ
どうぞお楽しみに」
普段は落ち着いた女性パーソナリティの声も
テギョンの登場にややテンションが上がっている
2時間に及ぶ番組
テギョンへのインタビューを交えながら
ギターの弾き語りという形でテギョンがライブを行う
番組構成となっていた
アン社長の指示通り
新年にカムバックするという事実以外の情報は公表せず
もちろん新曲の披露もなかったが
テギョンがギターを弾きながら
囁くように歌うバラードを中心とした生歌に
番組掲示板への書き込みも盛り上がりを見せ
番組は盛況の内にエンディングを迎えた
ペットボトルの水で喉を潤し、席を立とうとしたテギョンに
番組プロデューサーから声がかかる
「テギョンくん、この後忘年会を兼ねた打ち上げ
やるんだけど少しだけ付き合ってもらえる?」
テギョンが芸を披露していた新人の頃から可愛がって
もらっていたプロデューサーである
やはり想像していた通りの展開になってしまったと
テギョンは心の中でため息を吐く
「この後は特に何も無かったと思いますが、
一応社長に確認して来ます」
願わくば社長に助け船を出してもらい何とか
この後の付き合いを無しにしてもらおうと
思っていたのだが
「テギョン
今は最も大切な時期だ
新生A.NJELLの成功のためだ
我慢してくれ」
社長は社長で誰かとの酒の席にいるらしく
それらしい周りの喧噪が聞こえた
電話を切り首を何度も振り
テギョンはプロデューサーの元へ戻って行った
仕方なく付き合ったはずのテギョンだったが
プロデューサーに誘われ
二人で隠れ家的なバーで
静かに酒を飲んでいた
と言ってもテギョンは飲んでいるふりで
いつまでも空かないグラスをうまく弄んでいた
プロデューサーが手掛ける新番組の音楽を
ぜひテギョンにとの話をもらい
彼がどんなコンセプトでその番組を作るのか
テギョンに何を求めるのか
そんな話をテギョンは真摯に聴いていた
不意に
プロデューサーの携帯が鳴り
席を外す
アンバー色のライトだけが照らし出す空間で
テギョンは思う
彼とこういう席で
こうした話ができる事を素直に嬉しいと
自分が大人になり
彼に認められるアーティストになれたのだと
実感していた
程なくして戻ってきたプロデューサーは
少し戸惑いを見せてテギョンに耳打ちをする
「君はモ・ファランさんを知っているか?」
意外な名前が動揺を呼ぶが
テギョンは努めて冷静に「はい」と答えた
テギョンの肯定にプロデューサーはホッとした
面持ちで継ぐ
「君に会いたいそうなんだが大丈夫か?」
恐らく
さっきの電話がそういった内容の事だったのだろう
「申し訳ありません
年内はスケジュールが詰まっているので
時間を取れそうにありません」
業界人なら知っていそうなものなのにと
思わなくもなかったがテギョンは丁寧に答えた
「いや、スケジュール調整は必要無いんだ
今、あちらにいらっしゃる」
プロデューサーは店内奥の扉を示した
電話は別件だったらしく
プロデューサーは慌ただしく帰って行き
テギョンは取り残された
正直
気が重い
テギョンがファランに会うのは
あのHEAVENconcert以来だった
遠すぎる記憶の中
どれくらいぶりなのか
にわかには思い出せない程
久しぶりにファランを
「母さん」
と呼んだテギョンだったが
何かが変わったようで
何も変わっていないのかも知れない
また無理難題を押し付けて
自分を苦しめるのかも知れない
信じては裏切られ
期待しては絶望させられ続けた日々
テギョンの心は簡単には変わらなかった
それでもテギョンはVIPルームの扉を叩いた
扉を開けるとファランは既に立ち上がっていて
ぎこちなく数歩だけテギョンの方へと近付く
テギョンも立ち止まり
それ以上距離は縮まらない
二人の親子としての距離は
まだまだ簡単に埋められない
「す、座って」
ファランは向かいの席を示した
テギョンは無言でそこへ座る
何とも居心地は悪かった
「呼び出してしまって・・・悪かったわ
あなたを見かけたから・・・つい」
戸惑い
口ごもりがちなファランは
確かに今までとは違っていた
威圧的な
近寄りがたいファランでは
無かった
けれど
テギョンは何も言えずに言葉を待つしかなかった
意図が全くつかめない
「あなた
あの日・・・言っていたわよね
またいつか謝ってもらうって・・・」
確かにテギョンはそう言った
けれど
そんな自分の言葉がファランの中に
残り続けるとは思ってはいなかった
母は確かに変わったのかも知れない
そう思ったテギョンは
ようやく口を開く
「それで
今日も謝りたいと?」
言葉に剣を乗せずに淡々と言った
けれど母は少し困惑したように言う
「ごめんなさい・・・
あなたを見かけてしまったから・・・
私・・・勝手ばかりね
少しでもあなたに・・・許して欲しくて」
長い長い年月だった
きっとこの悲しみや淋しさや憎しみを
自分は手放す事はできないのだろうと思っていた
それが今
この人を哀れだと思う自分に
テギョンは驚いていた
何だか鼻の奥がツンとして
瞳にじんわりと涙が滲んだ
この感情は何なのだろうとテギョンは思い
困惑するが
ただ、一つ
ファランを母さんと呼べたあの日から
テギョンにはわかった事がある
それが口をついて出た
「俺とあなたは・・・
似ていますね」
傷付いた自分にばかり目を向け誰かを傷付けて
愛する事をせず愛を欲しがり
言葉にせずとも思いは伝わっていると勘違いをして
大切な人を失う事に怯え続けた
しかしそれ以上は言葉を継がないテギョンに
ファランは驚きの表情を浮かべ
ひたすら言葉を待っていた
けれどテギョンは
黙ったまま立ち上がった
踵を返し数歩
扉に近づいたところで立ち止まり
言った
「長い時間だったんです
あなたを簡単には許せない
何度だって謝ってもらいます
・・・俺の気の済むまで・・・」
テギョンは振り向かずにそう言うと
扉を開いて部屋を出た
謝ってもらうのだ
そのために
何度も
何度も
何度も
会って
テギョンがコートを羽織り
外に出ると
ちらつき始めた雪が
あたりを白く染め始めていた
テギョンの青い車が
宿所の駐車場に滑り込む
エンジンを切り
テギョンは目頭を押さえる
本当に疲れた
クリスマスイブなど忘却の彼方だったが
不意に思い出しテギョンは携帯を開く
着信は無い
メールも届いていない
「全く
何てクリスマスイブなんだ」
そう独り言ちたが
日付は疾うに変わり
クリスマス当日
時間は深夜になっていた
テギョンのために灯りは点いていたものの
宿所はシンと静まり返っている
努めて静かにテギョンは部屋にたどり着き
扉を開ける
どういうわけか
常に灯りが点いているはずの自分の部屋だけが
真っ暗で足がすくんだ
それでも外の灯りを頼りに一歩を踏み出そうと
足元を注意深く見ると何やら淡い光が小道を作る様に
並んでいる
その薄ぼんやりした光を辿って歩を進めると
その先にチラチラと光が点滅している
さらにその点滅する光に近付くと
点滅する光がフラッシュの様に
人影を照らし出している事にテギョンは気付く
どうにかして確かめようと
もっと明るい光を求めて携帯をかざすと
壁にもたれて眠る
ミニョの無防備な寝顔があった
テギョンは驚きに目を見張る
そして驚きはやがて
微笑みに変わる
「全く」
小さく呟くテギョンの心は幸せで満たされていく
テギョンは灯りをつける事を諦めて
コートを脱ぎミニョの隣に座る
コートを二人で纏えるように寄り添うと
眠るミニョの頭を自分の肩に乗せ
テギョンはミニョの髪に頬を寄せた
今夜はこのまま眠ってしまおう
肩を寄せ
手をつないで
テギョンがミニョの左手を握ると
その手の中に何かが握られていた
テギョンはそのままミニョの手を握る
きっとそれは
小さな星のオーナメント
それをテギョンは感触で感じ取る
本当に
どこまで星が好きなんだか
クリスマスイブ
当日
愛おしい温もりを感じながら
テギョンは静かに目を閉じ
夢の中へと誘われていった
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