ラヂオ38a

今を創っているのは?

今回は「縁」についてちょっと考えてみました。

https://youtu.be/s6E6u_O70yc

目まぐるしく流れてゆく「今」という時に、何を悠長な・・・と言われるかもしれませんが、それでも思い出して頂きたいのは、この時代、この時を選んで生まれてきたのは自分・・・ということです。

いったい自分は何を感じたくて生まれきたのか、何を成したくて生まれてきたのか・・・そんなことをふと思ったりもします。

この世界には「時空」という制限があります。つまり時間と空間。
そこに「縁」という波紋の交わりが生まれるのでしょう。

この世界での自分は、いつか消え失せ・・・何もかも失われて・・・人々の記憶の中にも何も残らなくて・・・それでも魂には刻まれてゆく。

だからこそ、魂に何を刻みたいのか・・・その思いはけっこう大切なんじゃないかと思うわけです。

画像1


カラダは
タマシヒという乗客を乗せて
この世という海を渡る風音(ふね)

その風音(ふね)を操るのは
イシキという船頭

タマシヒは船頭に
たどり着きたい島の名を告げる

・・・が

タマシヒの言葉は繊細なので
その言葉を聞き取ることのできる船頭は
残念ながら少ない

たとえ言葉が届かなくても
タマシヒはいつも水平線の彼方を
じっと見つめている

どうかするとその横顔は
微笑んでいるようにさえ見える

イシキという船頭は
乗客であるタマシヒの見つめる方向に
きっとたどり着くべき島があるんだろう

・・・と

信じて今日も風音(ふね)を漕ぐ
カラダという風音(ふね)を漕ぐ


そうそう、スライド内の昆陽池の写真はずいぶん前の写真です。
7〜8年前くらいかなぁ・・・すいません。時間がなくて撮りに行けませんでした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?