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旅するBD-1

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BD-1で日本各地をポタリング旅。
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2022年4月の記事一覧

旅するBD-1、東海道五十三次旧道を行く_51:石部宿

DAY 5 14:44_石部宿 2018.3.27の記憶●スケジュール通りの進行 5日間でゴールできるという目算がたったからか、水口宿では「飛出しとび太くん」なんかに心を奪われてしまい、やはり旅は心のゆとりが必要なのだなぁ、と思いいたったのでした。 そもそも、旅には日常の資本主義的競争社会から離れて、普段は目にしない景色や様々なものを見て、自分自身のことを見つめ直すという側面があります、あくまでも個人的にですけど。 それなのに、最初は3日間で東海道旧道を制覇する予定で出

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旅するBD-1、東海道五十三次旧道を行く_50:水口宿

DAY 5 12:58_水口宿 2018.3.27の記憶●はじめての三択というルート 水口宿の江戸方には、冠木門があるのですぐに分かります。ここが水口宿東見附跡。さらに少し行くと二股に分かれるポイントがあり、そこが高札場跡。ここは左右どちらのみちを進んでも正解。有名な三筋の道なのです。 今回は左を選択。するとすぐに進行方向二手に分岐しているのですが、そこは右を選択。つまり、三筋の道の真ん中を選択したのです。日本橋から三条大橋を目指すと、三筋の道がいまいちピンときません。地

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旅するBD-1、東海道五十三次旧道を行く_49:土山宿

DAY 5 11:55_土山宿 2018.3.27の記憶●神社の参道が東海道旧道 鈴鹿峠を越えるのにどれほどの時間、どれだけの体力が必要かよくわからなかったこともあり身構えていたせいでしょうか、トンネルを使って鈴鹿峠をクリアしてしまった後、あまりのあっけなさに拍子抜けしてしまいました。初日の箱根峠越えの記憶が鮮明に残っていたせいでもあります。 まだゴールしてもいないのに、もうゴールしたようなそんな気分。京都駅から新幹線で本日中に横浜まで戻ることができる算段がついてしまいま

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旅するBD-1、東海道五十三次旧道を行く_48:坂下宿(鈴鹿峠)

DAY 5 11:08_坂下宿(鈴鹿峠) 2018.3.27の記憶●鈴鹿峠はいつも旅人と話す場所だった 宿場町には連子格子の建物だったり、かつての街道筋だったことを連想させる雰囲気が残っているものです。しかし、坂下宿にはそうした残り香がほとんどありません。確かに、沿道沿いに民家が増えますが、それは山間の道路を走っていれば普通にある集落と一緒です。 もともと小さな宿場だったならば気にもなりませんが、かつては本陣が3軒と脇本陣1軒をあわせて旅籠が51軒もあったという賑わった宿

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旅するBD-1、東海道五十三次旧道を行く_48:坂下宿(筆捨山)

DAY 5 9:50_坂下宿(筆捨山) 2018.3.27の記憶●観光地をコラージュした浮世絵ポイント 東海道五十三次旧道で、最大の難所は箱根越えでしょう。そのあと、急坂をいくつか越えてきましたが、鈴鹿峠がゴール前の最大の難所だと思っていました。 関宿も東から西へは、いうなればずっと上り坂です。その関宿を抜け1号線に合流すると、景色はいよいよ峠越えの様相に一変します。 左車線は路肩しかなく歩道がありません。キコキコゆっくり上っていくには、トラックなどの交通量が多すぎて身

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旅するBD-1、東海道五十三次旧道を行く_47:関宿

DAY 5 9:25_関宿 2018.3.27の記憶●関宿は観光地として勝ち組の宿場です 鈴鹿川沿いの道は〈小野川橋東詰〉で国道1号線に合流。160mほど進むと関宿と書かれた大きな看板が見えるので、1号線から右に分岐します。 道幅の狭い東海道旧道を進んでいくと、左手に関一里塚と鳥居が見えてきます。ここが関宿の江戸方、この先1.8kmほど宿場が続きます。 1984年に国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された後に整備されたのでしょうか、いきなり道路もわかりやすく砂舗装に切

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旅するBD-1、東海道五十三次旧道を行く_46:亀山宿(morning)

DAY 5 8:52_亀山宿 2018.3.27の記憶●亀山宿、ふたたび ついに最終日の朝を迎えました。 6時間以上の睡眠をとって、7時過ぎにホテルで朝食をゆっくりと食べ、8時を過ぎてからチェックアウト。お尻が痛いとか、両脚とも筋肉痛だとか、そういう肉体的苦難も最終日にはどうでもいい感じに仕上がっています。残す宿場は7つ。問題は鈴鹿峠を越えることです(と、この朝は信じていた……)。 昨晩、東海道旧道から駆け下りた道のりを、朝から登らなければなりません。ちょっと損した気分

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旅するBD-1、東海道五十三次旧道を行く_46:亀山宿(night)

DAY 4 22:26_亀山宿 2018.3.26の記憶●やっぱり旅は事前情報なしに行く派です 庄野宿から亀山宿までは、8km弱の距離。撮影しなければ、30分ほどで4日目の走行は終了です。そう考えると、暗い夜道をただただ走る行為も、それほど辛くはありません。ただし、東海道旧道沿いの見どころは、暗闇のためにまったく気がつくこともなく通り過ぎるだけです。 現代の徒歩もしくはポタリングでの東海道旧道の旅は、かつての街道筋に思いを馳せながら目で見て楽しむものかもしれません。しかし

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旅するBD-1、東海道五十三次旧道を行く_45:庄野宿

DAY 4 21:43_庄野宿 2018.3.26の記憶●宿場のほうが真っ暗な現在 真っ暗な道から再び国道1号線に合流。街路灯の明かりを頼りに、サドルバックから登山用ヘッドライトを取り出し、来たるべき夜道に備えます。というか、むしろ遅かったくらい。 ヘッドライトを首に提げ、いつでも手元を照らせる準備をして再スタートです。石薬師宿から庄野宿まではあっという間。 国道1号線へは側道から右車線に出ます。信号もなく左車線へ渡れそうもないのでそのまま右車線の歩道を進みます。

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旅するBD-1、東海道五十三次旧道を行く_44:石薬師宿

DAY 4 21:09_石薬師宿 2018.3.26の記憶●狭い夜道はもったいないだらけ 暗くなると、旧東海道がいかに現代ではメインストリートではなく裏道であるかがよくわかります。 明るいときは、コンビニや飲食店がないので困るのですが、これはちょっと迂回して用を足すことができます。しかし、この旅は旧東海道を走るのが目的なので、暗いからといって街路灯のある幹線道路や国道1号線を走るわけにはいかないのです。 明るい四日市宿を抜けると、一気にあたりは暗くなります。しかし、まだ

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旅するBD-1、東海道五十三次旧道を行く_43:四日市宿

DAY 4 18:51_四日市宿 2018.3.26の記憶●東海道はアーケード街 東海道旧道は1号線に合流後、海蔵川を渡って再び分かれて裏道へ。三滝川あたりが浮世絵ポイント。三滝橋を渡ると四日市宿です。 あたりはすっかり暗くなって、血糖値も下がってきたようです。桑名宿からここまで、サッと食事を済ませられるような飲食店はありませんでした(見逃しただけかもしれませんが)。ここは是が非でも四日市でコンビニではないお店で食事を摂りたいものです。

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旅するBD-1、東海道五十三次旧道を行く_42:桑名宿

DAY 4 17:38_桑名宿 2018.3.26の記憶●伊勢国の入り口に到着 国道1号線で揖斐川を渡って、夕暮れの川沿いを1kmほど走ると、桑名宿の浮世絵ポイントに出ます。 宮宿から桑名宿までの海路の距離がおよそ七里(約28km)あったので、七里の渡しと呼ばれていました。舟でどれくらいの時間がかかったのか知りませんが、弥次郎兵衛がその間にトイレに行きたくなったときのことを心配するくらいですから、それなりに時間はかかったのでしょう。 自分の場合、ルートミスした上に、途中

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旅するBD-1、東海道五十三次旧道を行く_41:宮宿

DAY 4 14:39_宮宿 2018.3.26の記憶●ひつまぶしは、思い出の中でだけで 名鉄常滑線のガードをくぐると、右手に伝馬町一里塚が見えてきます。そのすぐ先が都々逸発祥の地。宮宿の江戸方もちょうどこのあたりになります。 このまままっすぐ進みたいとろこですが、伝馬町駅前の県道225号線は中央分離帯に植え込みがあるために、信号のある場所まで迂回する必要があります。 無事に県道225号線を渡り旧道へと戻ると、200mほど先にT字路が待っています。東海道旧道は左、熱田神

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