ねずみ

大学生のころ、居酒屋でネズミを見たことがある。

四条駅近くの地下の和民で、店の中心に位置する階段の手すりに、そのネズミはいた。

お手玉のようにまるまるとしたネズミはガヤガヤとした店内の中、身動きひとつせずにいる。ドブ色の体が周囲と同化し過ぎている。

「あれ……ネズミですよね……」
ぽそりと呟くと、一瞬でそれが伝播し、色めきたった。

自分の足元に居ると怖いが、お立ち台みたいなところに居るのは可笑しい。

そんななかでもネズミは動かない。

傍から男子大学生風の店員が小さな麻袋を片手に無表情で現れ、階段の前を通り過ぎ、ネズミは一瞬でいなくなった。

しばらくテーブルはネズミの話で持ちきりだった。

あのお兄さんは手つきが慣れ過ぎている、きっと日常的に捕まえているんだ、
ずいぶん太ったネズミだったね、
それに堂々としてたよ、
もしかしたら怖くて動かなかったんじゃない?

まるでネズミのお通夜みたいだった。

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