紅生姜

紅生姜の天ぷらが食べたい。
地元の、歯抜けのおばさんがひとりで売ってる、あの紅生姜の天ぷらが食べたい。
耳が遠いのか、そもそも日本語がそんなに得意じゃないのか、会話が成立したことのない、あのおばさんが作ったやつを。

屋根もない軒先に大ぶりの箱一つ出して、その上に天ぷら並べて出しただけで開店って、なんて手軽な仕事してんだって思ってた。
でも今ならあのおばさんのことを心から尊敬できる。
自分の仕事はなんだ、って聞かれて、これですと返せる勇気を、あのおばさんは持っていた。

今の私にはなにもない。
人から借りてきた言葉で人から渡されたものを売ってるようなものだ。
もうトイレの個室から出る気力もない。

おばさんの天ぷらを思い出す。
カリカリとした硬めの衣、こだわりの素材なんてものは一切ない。
あのおばさんなら、どこに行っても店を出すだろう。
もし私を覚えてくれているなら、助けてくれるのなら、今すぐここに来てほしい。
今すぐ、会社の前で天ぷら屋を開いて。

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