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「井内と稲井」2つの「いない」がある理由

北の真野川と南の牧山に挟まれたJR石巻線の陸前稲井駅。駅の住所は石巻市井内滝ノ口で、古くから井内石の産地である周辺には石材店の看板が並ぶ。「いない」には住所に残る「井内」と駅名などで表記される「稲井」がある。今回は、読みは同じだが違う漢字が生まれた経緯を中心に紹介する。そこには、近代社会制度を作り上げていく中で、地域をまとめていこうとした、先人たちの思いが込められていた。(石森洋史)

石巻市井内滝ノ口にある陸前稲井駅

◆イナイの由来とは

濁れる流れの漂うところを意味するアイヌ語の「ウンインナイ」がインナイに変じ、さらにイナイと転訛して井内の地名の由来になったと考えられている。
また、稲井地区の真野もアイヌに関係深い地名のようであり、集団移動した場合に定めた根拠地の意味であると言われている。
元禄11年(1698)の牡鹿郡萬御改書上には湊村の小字として井内の表記が見られ、古くからの地名として記録されている。しかし、稲井の表記は、明治の市町村制施行にさかのぼることになる。地域の区割り編成の歴史を振り返ると「稲井」が誕生した理由が見えてくる。

◆地域の区割り分合

明治初期、地域社会に押し寄せてくる近代国家や近代社会制度を支える財政基盤を作り出すため、町村制度は大きな変化を遂げた。明治11年(1878)の「郡区町村編成法」が制定されると石巻・門脇・湊・蛇田・根岸の5カ村のほか、23の村・浦・浜は6つの連合村として区画された。5カ村にはそれぞれに行政担当責任者である「戸長」と役場が置かれたが、連合村ではそのうちの中心となる村に戸長役場を設置。明治14年(1881)には大瓜・南境・高木の3村で1戸長、真野・水沼は2村で1戸長、沼津・流留・沢田は3村で1戸長が置かれた。

◆連合と分離する村

明治17年(1884)5月、政府は「区長村会法」を改訂。区町村の財政規模を大きくするために、戸長役場の管轄区域を拡大する政策がとられた。
この際、各村の村民代表による協議があり、その結果、地勢、産業、人情風俗など古来の伝統因縁関係から、南境・大瓜・高木・水沼・真野・沼津の6村で連合村を形成するべきであるという意見で一致。翌年、庁舎敷地を石巻との交通至便の地点である大瓜村東端の井内に決定した。
これにより、それまで1戸長が置かれていた沼津・流留・沢田は分裂。流留が根岸側に、沢田が女川に、沼津が大瓜側に編入されることになる。
しかし、明治22年(1889)の市町村制施行前における調整作業中、沢田・流留両村は大瓜への連合を望み、両村の去就を巡って地域は紛糾した。数回の質疑応答を重ねた結果、分合の合意を得て、牡鹿郡長が知事宛へ最終意見を上申(明治21年10月6日)すると、これを基礎に60カ村あった牡鹿郡内が2町6村の枠組みに再編されることになった。

◆稲井村誕生へ

分合を経てスタートした大瓜村ほか7カ村(南境・高木・水沼・真野・沼津・流留・沢田)にとっては、新村名の選定が重要な課題となっていた。各村代表の村会議員は、それぞれ自村の名称を主張して譲らなかった。大瓜村、真野村、高木村などが最も有力だったが、審議にかけても解決は容易ではなかった。

石巻地域の連合村の推移(石巻の歴史 第二巻より作成)

既存の村名を採用することは、いたずらに対立を激化させる可能性があったため、村長星廉延、県会議員佐藤丈輔によって「稲井村」と選名。役場所在の地名である井内の語呂に通じ、農業地帯にふさわしく「稲作がくんでも尽きない井戸水の様に豊穣満作であれ」との祈念の意を含めた村名であった。

全員一致でこれを採択し、稲井村が誕生。かくして牡鹿郡は石巻町、渡波町、稲井村、荻浜村、鮎川村、大原村、女川村、蛇田村の2町6か村となった。

◆【余話】流留と根岸の塩対応

流留村の住民の生業は半農半漁塩田の経営者が多かった。明治22年(1889)の市町村制施においては当然、地勢が密接だった根岸村と一緒に渡波町になるべきだった。しかし、流留村民の多くはそれを嫌って稲井村に契合。その主な理由は製塩関係にあった。

万石浦の製塩業は古く伊達政宗時代、流留村の菊地与相右衛門によって創業された。それ以来、流留村民の独占事業の形態で経営されていたが、後年、根岸村民もそれにならって製造に参加する者が続出した。

ついには、その数が流留の業者を上回り、塩田の管理や製塩の収納域は藩庁締役との関係に絡んで勢力争いを生んだ。訴訟沙汰にまで発展したこともあって以来、流留根岸両村は感情のしこりを持続して、町村分合に臨んだ。そのため、流留は稲井村に編入されることになった。

【参考文献】
・石巻の歴史 第二巻・第三巻
・稲井町史
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