なんか...怒られました...

 子どもの頃、ベッドに憧れていた。

 生まれた頃から家を出るまで、ずっと布団生活だった。いわゆる「実家のお布団」で、ちゃんと花柄で帰省したとき久しぶりに使うとちょっとだけカビ臭い。小学生の一時期、布団の中でダッフィーと寄り添いながら寝ていたけれど、多分何もかも似合っていなかった。しかし、高校生のとき寝る前によく聴いていたオールナイトニッポンはその布団にも私にも似合っていたと思う。


 大学生になって、より田舎な場所で一人暮らしを始めた。母が遠く離れた土地で暮らす娘を心配して買った布団はあまりに薄かった。一人暮らし初日の布団の中は寒く、寂しく、四月というものの概念をひっくり返した。
 やっぱりその日もオールナイトニッポンを聴いていた。いつの間にか寝ていたが、2時ごろに目覚めるとオードリーの若林がオウムを模して「パワーセックス」と繰り返していた。人間は嫌でも寝て起きてを繰り返して生きている。

 その薄すぎる布団は半年もせず、私の嘔吐によって無惨な姿に変えられた。しょうがないので買い換えた。初めて布団から脱して、ニトリの三つ折りマットレスを買った。今までで最も分厚くて、驚くほど寝れた。今までの睡眠生活は一体何だったのかと疑問に思った。
 そのマットレスには大学卒業までお世話になった。へこたれなかった。今までのものより分厚いマットレスだったが実家の布団より軽く、その分思いを吸収しているような気がした。
 大学卒業と共に引っ越すことになり、そのマットレスともお別れした。マットレスの裏を見ると黒カビがあった。

 東京で暮らすことになり、やっとベッドを買うことにした。前までのマットレスとは比にならない厚さで、ちゃんと脚がついている。安いしAmazonで買ったものだけど、これは歴としたベッドなのである。
 でも、組み立てるのが面倒だった。組み立て家具は大体2人で作業を行うものだと説明書に書かれてある。実はこれ、一人でも組み立てることが可能である。しかし、説明書に忠実でいることを理由に組み立てなかった。引っ越し初日は床で寝た。
 2日目、さすがに床で寝たくはなかった。まだ段ボールに入ってある組み立てベッドをやっとの思いで開封し、ビニールを破った。

 ボンッと何かが爆発的に鳴った。それはスプリングだった。圧縮されたバネが瞬く間に息を吹き返していた。

 今まで未知であったそれは、想像以上に深く大きく響き続けた。すると、ゴンっと、違う音がした。下からである。
 下着姿だった私は、とりあえず服を着た。
 響き続ける音の中、さらにチャイム音が鳴った。モニターには不機嫌そうな男性が写る。玄関を開けた。


「下の者です。うるさいんですけど、今何時だと思ってるんですか?」


 24時を回りそうだった。普段から24時の次に25時がある生活をしている私が非常識な行動を取ったことを突きつけられた。「都会人怖いなあ...」とぼんやり思いながらもたくさん言い訳をしながらたくさん謝った。そのとき私はもう泣きそうになっていたので、なんか許してくれました。
 このとき東京では生きていけないことを悟った。

 怒られた2週間後くらいにやっとマットレスに脚を取り付けベッドを完成させた。もちろん1人で組み立てた。それは東京生活に慣れてきたころだった。一応静かに暮らすよう気をつけていた。
 それでも新社会人になってストレスは溜まり快眠はできていなかった。寝つけない日も多かった。
 深夜にふと目覚めた。ベッドの隣にある棚に置いていたスマホからラジオが鳴っていたので寝返りながら手を伸ばした。

 ベッドから落ちた。まず下半身が落ちて、合わせて上半身もずり落ちていった。
 さらに頭をぶつけた。ぶつけたのは、唯一その部屋の中でお洒落なFrancfrancの加湿器だった。中にはアロマ入りの水が入っていた。すべて頭に被った。

 少しいい匂いになった髪をドライヤーで乾かしながら、東京にはやはりドラマチックなことがあるもんだと思った。




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