『合理的配慮』の末の、
人格の果てしなき瓦解。
辻褄としての私の身体。ソレダケ。
紙と紙を重ねたときのズレみたいな自我。
決して完全にはなくせないエゴ。
実らぬ言語活動。ソリャソウダ。デモ。
「だから」ではわかっても、
「なのに」でわからなくなる。
「にも関わらず」な心の不条理。

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