朝の挨拶物語

この1年ぐらい、ずっと気になっていたことが解決したので記録しておこう。

私は朝、車通勤をしている。車を社員駐車場にとめてから会社まで徒歩で5分ほど歩くのだが、その5分ほどの間に、すれ違う男性が1人いる。私より若干年上かな、という印象で、ビジネススーツではないが、身だしなみが整えられているし、黒と白を基調にしたお洋服と、赤いバッグがトレードマークで、勝手に美容室の人、と妄想している。

週5日のうち3日ぐらいはすれ違うので、けっこうな割合だと思うのだが、その人に挨拶すべきかどうかについて、1年近くも考えていたのだ。

きっかけは、ある日の朝、(先ほどの男性とは別の)年配のご婦人とすれ違ったとき、爽やかに「おはようございます」と挨拶されたことだった。

社会人になって、知らない人に挨拶をされたことが久ぶりだったのだが、女性の丁寧な挨拶がとても素敵だと思ったし、こちらも自然と「おはようございます」と返しながら、やっぱり挨拶っていいな、自分からするって大事だなと感じた。

挨拶のことと言えば、20年以上前のことになるのですっかり忘れていたが、私が通っていた高校は、礼儀作法に厳しく、登下校中すれ違う人には、老若男女問わず必ず挨拶することになっていた(はず。記憶が薄れているけど確かそうだった)。

田舎にある学校だったので、そんなに特別なことだと思っていなかったけど、町のほうから赴任してきた先生なんかは、その習慣にひどく感動していたのを覚えている。

知っている人にも知らない人にも、まるで呼吸するかのように、挨拶が自然にできていたあの頃が懐かしい。

高校を卒業して、大学に進学し、一人暮らしをするようになって、知らない人に自分から挨拶をすることはとても少なくなった。

社会人になって、小売業に就いたこともあり「挨拶」が大事だとさんざん学んだし、なんなら自分が指導する立場になって、「目をみて心を込めて、自分から進んで挨拶しましょう」なんていう具合に、何度も説明してきたにもかかわらず、実生活では、ほとんど実行できていない自分にハッとした。

そんな気づきがあって、また昔みたいに自分から挨拶しようかな、朝すれ違う人とか、と考えたときに、冒頭の男性が思い浮かんだのである。さっそく次の日からでも、と思ったものの、これがびっくりするくらい、行動に移せなくて自分でもおかしいやら情けないやら。

「昨日までしてなかったのに、突然したら変な人って思われないかな?」(←自意識過剰)とか「挨拶とかそういうのダメなタイプかも。」(←知らない人に対してひどい偏見)とか、とにかく理由をつけて挨拶する機会を避け続けること約1年。我ながらダサい。

しかし、先日、今度は仕事帰りに、またある出来事が起こった。ベビーカーに乗った、やっとしゃべれるようになったぐらいの女の子に、すれ違いざまに「こんにちはぁ!」と挨拶されたのだ。ほんとにすれ違いざまだったので、後ろを振り返るようにして「こ、こんにちは!」とやっと返すことができたのだが、私は挨拶をされて嬉しかったし、ベビーカーを押すママさんにも「ふふふ」と笑みがこぼれて、なんというか、その瞬間すごく優しくてあったかい時間が生まれた。ここでやっとスイッチ入れてもらった、という感じ。

2歳になるかならないか、ぐらいの女の子に「挨拶」で先手を打たれたことは、私にとって「参りました」であった。2歳児にできて42歳にできないはずないだろう!そうだろう!挨拶、して当たり前だし、そんな難しくないから。

というわけで、おとといの朝、また例の男性とすれ違うタイミングで、意を決していたら、なななんと!

男性が「おはよーございまーす」と聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で、挨拶してきた。(はず。いや、絶対した!)そこで、私も消え入りそうな声で「おはよーございまーす」と返した。

次にすれ違うときは、もっと大きな声になると思う。そして、別の人とすれ違うときも自分から挨拶しようと思う。そして、気が付いたら呼吸するように誰にでも挨拶できる人になろう。いつかの朝に、爽やかに挨拶してくださったご婦人のように。



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