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にぎやかな静寂  「夢の話」

 こんな夢を見た。

 仕事帰りに何者かに拉致されたようだ。

 早よ帰らんと、みんな(家族)が心配しよる。
 そう思いながらも、今朝、朝食をとりながら交わした会話が、妻や子どもたちとの今生の別れとなるような予感に、ぼくはすでに絶望している。

 嗚呼、昔あの人たちもこういう風にして、ああいう風になったのか。

 ぼくは冷たい手術台に固定されたまま、遠い昔子どもの時に大好きだった物語が、夢物語でなかったという現実に動揺している。

 ああ、頭が痛い。めっちゃ痛い。
 マジで痛い。
 さすが悪の結社ショッカー。一般人を拉致して改造人間にする手術にも、麻酔なぞ使わないのか。えげつない。
 ああ痛い。

 さすがのぼくもこの期に及んで仮面ライダーにしてもらえるとは思っていない。どうせ気持ちの悪い怪人に決まっている。
 それにしてもどうしてぼくが選ばれたのか。
 不幸は相手を選ばないのか。
 いや、相手を選ばないのではなく、ときに理不尽な狙い撃ちに遭うのだ。そんなことは50年以上も生きていれば十分学習済みではないか―――。

 怪人にされてしまったら、もう家には帰れない。明日の出勤も適わないだろう。手をつけたばかりの仕事が気になる。
 
 それに、まだ子どもは高校生と中学生だ。まだまだ働かなければならないのに、どうすればいいのか。
 怪人は給料を貰えるのだろうか。

 いや、そのうちぼくは、妻の事も子どもたちの事も、自分が誰なのかも忘れてしまうのだろう。
 なにしろ、頭をギリギリとノコギリか何かで改造されているのだから。
 ああ、痛い。
 ほやから麻酔してくれや。

 怪人になったら自分の意志とは関係なく、悪いことをしてしまうのだろう。
 すごく意地悪な気持ちになって、逃げ惑う人を見て「けけけ」と悦んでしまうのだ。
 女の人を誘拐してきてしまうかもしれない。

 そしたら、仮面ライダーに「待てっ!」とか言われるのだろう。

「あっ、昔からファンでした」
 と言う間もなく顔面にパンチを喰らって、さらにぼこぼこにされて……。
 最後には大好きだったヒーローから飛び蹴りされて、ぼくは爆発して死んでしまうのだろう。

 ああ、子どもに会いたい。

 すべてを忘れてしまうまでに、悪い怪人になるまでに、もう一度家族に会いたい。

 ああ、頭が痛い。

 もう半分怪人になっているなら、ここで暴れたろか―――。


 というところで、目が覚めた。
「あっ!」
 と、半身を起こし、枕もとをみると、ミケちゃんが口を半開きにしたまま固まっている。

「ミケちゃん、いくら退屈でもとーちゃんの頭、噛むなよ」
 と背中を撫でる。

 久しぶりに
「あーっ、夢で良かったぁ」
 と思わず声の出る夢であった。


 


 

 

 
 

 

 

 

 

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