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弾指のまにまに。


この時、わたしも同じ現場にいた。
目の前で踊り狂う塔山忠臣(敬称略)を覚えている。

わたしは洋楽は通ってこなかったので、JOY DIVISIONは知らなかった。前座のバンドを観に行ったのである。

予定開始時刻より前倒しで始まった為、観たかったバンドの演奏は途中からだった。どのぐらい前倒しだったかは記憶にないが、「外タレすげ〜」と思ったのは覚えている。(外タレのワガママで早く始まったと思っていたので。真相は知らない。)

その次の演奏が、0.8秒と衝撃。
名前のインパクトが最高だったので知ってはいたが、実際に聴くのはこのときがはじめてだった。

曲は正直まったく覚えていない。
すげぇいい!っていう感じじゃない。
なんだこれ…!?が1番違い感情で、なんかわからんけど何か揺さぶられる感じで、いつの間にかCDを揃えていたし、0.8秒と衝撃。だけを観るためにライブハウスに足を運ぶようになっていた。

急に寄生されたみたいだった。
突然わたしの核に近いところにあった。

しかし初見のこの日、まさか寄生されているとは気付いておらず。JOY DIVISIONの演奏が始まるときは少し後ろへ下がって聴くことにした。(それでもライブハウスの真ん中らへん、ファンの邪魔にならないように左の壁側にいた。)

曲も知らなかったし、洋楽にも慣れていないのでどうしたらいいかな、なんて思っていたら、目の前にマスクをつけた男性が飛び込んできて、めちゃくちゃに踊っていて、それがもうなんかすごく良くて。
ただただその場を楽しむことができたのは、その空間で一番楽しんでいたであろう男の背中を見れたからである。

香水の匂いのする(というのは後にTwitterで知った)Tシャツを掴み取るところを見ていた。
スライディングするような形ですべり込むところを見ていた。それを見て笑った。馬鹿にするとかではなく、楽しかったから。


それを、塔山忠臣のシンセサイザー講座《第4回》を読んで鮮明に思い出してしまった。
何故かわからないが、泣くかと思った。泣くところだった。

どっかに感想をメモしなかったかなと探していたら、活動終了を発表してからのライブのメモが出てきた。

ただのわたしの記憶整理と感想なのでとても読めたものじゃないけど、忘れたくなかったので。

「 」は忠実に再現したつもりだけれど、録音した訳じゃないし今となっては記憶も定かではない。

あくまで個人的な、チラシの裏の走り書きみたいなものだと思ってください。

2017年5月12日、0.8秒と衝撃。名古屋ワンマン。大須ell.SIZE。

活動終了が発表されてからのライブ。
先々月最高のアルバムが発売されたばかりで、ワンマンツアーも決まって。それなのに活動終了なんて。チケットを取っていて心底良かったと思った。後悔するところだった。最後とは思いたくないけれど、最後に観れて、本当に良かった。

整理番号1番のチケットを握り締め、開場を待つ。せっかく整理番号が1番なのに、何故か1番前には行けなかった。今までこんな番号の数字を見たことがなかったし、整理番号1番なんて存在しないような気がしていた。記念すべき手の中のそれが、少し恥ずかしかった。

会場に入ってすぐに荷物をコインロッカーに入れた。最近は鞄を持ったまま後ろでゆっくり聴くことが多かったけれど、今日は絶対に最前列で観たいと思っていた。なんたって整理番号1番なのだから。ちゃんと開場前から並んで待っていたのだから。それは許されるだろう。

始まる『永遠回帰』。生で0.8秒と衝撃。を観るのは本当に久しぶりで、塔山さんがすごく大人になったような気がした。いや、最初から大人だったけれど、前はもっと爆弾みたいな危うさで。それが落ち着いたような。悪い意味ではない。真剣な眼差しは変わらなかった。
ステージと客席の間は殆どなく、マイクのコードがぶつかる。塔山さんを観るには首を真上に向ければならない。最前列のど真ん中にいながら、ふとここが本当にベストポジションだっただろうかと思ったけれど、やはり間違いなかったと思い直した。視界を遮る物が一切ない舞台は、私だけのもののように思えたから。

01.虹色の言葉
02.Mad Drumming 1
03.常盤台トランス盆踊り
04.KAGEROU
05.CraZy
06.JMは太陽
07.ラザニア
08.No Wave≒斜陽゛
09.「町蔵・町子・破壊」
10.シエロ・ドライブ・10050
11.ブレイクビーツは女神の為に
12.狂音ミク
13.レボリュ。
14.饅頭こわい
15.痛みの犬
16.この世で一番美しい病気
17.The END
18.黒猫のコーラ
EN1.POSTMAN JOHN
EN2.鈴木アルビニくん
EN3.ARISIMA MACHINE GUN///

「今日、活動終了するからライブに来てくれた人、どれぐらいいますか?」
JMちゃんの言葉に、ぱらぱらと上がる手。それは思っていたよりずっと少なかった。JMちゃんもそう思ったようで、「思ったよりも少なくて、嬉しい。」と言った。私は泣きたくなった。

メンバーがひとりずつ、活動終了についてコメントする。メンバーひとりひとりからコメントなんて、まさに活動終了のそれじゃないか。

有島さん。「ツイッターとかで、活動終了ショック〜!とかあるけどさ、切り替え早っ!まだ終わってないから。」
そうだけど。でも本当のラストライブには行けないだろうし、私の0.8秒と衝撃。は、今日、多分、終わる。

「彼が一番前向きなんですよ!」塔山さんが言う。
「終了って言ってもさ、なんかやるんでしょ?」
有島さんの言葉に塔山さんは曖昧に笑う。
「…趣味でね、やりますよ。」
その趣味は、私たちにも届くのだろうか。

「暗い感じでリハーサルしてる所に、なぁにぃ?やめるんだって?とか言いながら入ってくる有島くんは、ムードメイクのできる男なんですよ。」

「暗い顔しないで!楽しんで下さい!…みんなは良かったけど、JMさんが!暗い!みんな!もっと声出して!JMを泣かせよう!」
最前列にいたので、客席からの声にJMちゃんの目に涙が溜まるのが見える。塔山さんが「泣いたー!」って揶揄うと、会場は盛り上がった。JMちゃんは後ろを向いた。
バンドの終了を、ちゃんと本人達も悲しんでいるのだと知れた。

「僕はずっとデモテープを作っていたんです。日本の音楽シーンはライブがオーディションみたいなもんなんですけど、僕洋楽しか聴かんから、洋楽はデモテープがメインなんで。オーディションに落ち続けて、それでもずっとひとりでデモテープ作ってたんです。それからJMさんと二人で歌ったりするようになって。ライブに来てくれてる人達の前で言うのもおかしいですけど、僕ライブ嫌いだったんですよ。人前に出るのとか好きじゃない。でもライブしないと聴いてもらえない。僕達が初めてライブしたところなんて、下北沢のカフェですよ。アコースティックで。フォークとかね、歌ってたからね。デモテープ聴いてくれた偉い人とかがライブを観に来ても、大体途中で帰っちゃうんですよ。けど、みんな吉田さんって知ってるかな?ちっちゃいおばさん。…ほんま最近おばさんに見えるよな。この間会ったらますますおばさんみたいになってたんですけど、その吉田さんは「絶対音源出そうな!」って握手してきたんです。そっから今いるメンバーに引き合わされて、こうやってライブすることができるようになりました。吉田さんにはほんまに感謝しています。」

私の記憶違いでなければ、仙台のMEGAROCKの時だろうか。ステージ上に吉田さんが上げられて、散々な扱いだった。喜劇を見ているようだった覚えがある。それが信頼関係があったからこそだということを、今になって知る。そして、真面目な感謝の言葉に、やはり終わりを感じる。


「ずっと続けてきたことをやめるのは、始めるときよりも勇気がいるんです。僕も部屋でひとり泣いたりしました。けどこれで終わりじゃないんです。始まりなんです。」

この日わたしは、最初から最後まで泣いていた。



弾指(だんし、Skt:अच्छता Acchataa)は、

仏教で指を弾くこと。この場合、本来は「たんじ」と読む。通常は曲げた人差し指を親指の腹で弾き、親指が中指の横腹に当る。慣れた人はパチッと音が出る。許諾、歓喜、警告、入室の合図などを表す。また場合によっては排泄後などの不浄を払う意味で行う。これが後に爪弾(つまはじ)きといわれ、嫌悪や排斥の気持ちを表すことになった。この行為から以下の時間的概念が生まれた。主に禅宗などで行われる。元は密教の行法の一つだったが、縁起直し、魔除けの所作として僧以外の人々に広まった。『土佐物語』など多くの古典に現れる[1]。
上記の動作から、本来「きわめて短い時間(12000弾指で一昼夜)」を表す仏教用語である。
Wikipedia

指をはじくくらいの短い時間と衝撃。のはなし。

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