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オラ夏に神は宿らず


期待した分揺り戻しが凄い

任天堂Switchで発売された“クレヨンしんちゃんオラと博士の夏休み〜終わらない7日間の旅〜”(通称オラ夏)の話である。

このソフトはクレヨンしんちゃんを題材にしたゲームであると同時に、名作ゲーム“ぼくのなつやすみ”の精神的続編との前評判があった中発売された、期待の新作である。

「ぼくなつの精神的続編」

このフレーズに、どれだけのかつてぼく君だった大人たちが心を揺さぶられただろうか。
朝には鳥のさえずりを、昼にはミンミンゼミの合唱を、一日の終わりにはひぐらしの声を聞きながら野山を駆け、海を泳ぎ、明日への希望を持って眠りにつく……。
画面越しとはいえ、幼い頃に戻ったようなあの夏の日々をまた味わえるかもしれない。そんなふうに淡い期待を抱いてこのゲームをスタートさせたプレイヤーは、私ひとりではなかったと思う。

もちろん、土台の部分にクレヨンしんちゃんというコンテンツがあり、さらに今作はあくまで“精神的続編”であってぼくなつの正式なナンバリングタイトルではない、というある種の覚悟はあった。懐古厨はみっともないからね、という戒めのような思いも。
でも、でもね、きっと……もしかしたら……

そして訪れる虚無

約7時間ほどプレイし、エンディングを迎えた私は薄ぼんやりとした感情の中にいた。
これは、これは……なんだろう。まるで心が死んだような…そう、虚無……虚無だ……。

ストーリーが子ども向けなのは分かる。クレヨンしんちゃんだからね。アレが出てきて日常的に闊歩してるのも、まぁ何か意図があるんだろうから良い(歩いてる時に邪魔だったけど)。
サブタイトルの“終わらない”を回収する仕掛けもきっと描き方によってはすごく良いスパイスになったとは思う。
環境音は素敵だった。ツクツクボーシが鳴かないのは寂しいけど時期設定が8月前半だから仕方ないのかな。

で……

分かるけどわからない

……何が作りたかったのかがわからない。
しんちゃんの世界観をゲームで描きたかったのか?夏休みを満喫するゲームが作りたかったのか?
何にもわからないまま終わってしまった。

しんちゃんのアニメ映画は何本か見たことがあるが、大人が心を掴まれるような台詞やシーンが随所にあったはずだし、ただ単純に夏休みを満喫するにはこのゲームはボリュームが足りない。なんせ虫取りや魚釣りを頑張ったとしてもせいぜい10時間くらいで遊び終わってしまう。このゲームの目指した着地点がわからない。

さらに登場するキャラクターの人となりもわからない。

食堂の姉妹とスーパーのお姉さんはキャラが被っているように思うし、会話の中でその人物の内面に触れるような台詞が出ることも少ないので表面的な人物像しか伝わってこない。あれは駅員のお兄さん、これはスーパーのお姉さん(誰々が好き)とかその程度の掘り下げで、思い入れもなにもない。

だいたいが町の人々にとってしんちゃんはたかだか一週間滞在しただけの見知らぬ5歳児であるわけで、そんな短いふれあいでは関係が深まりようもない。それなのにとある人物に終盤急に“大好き”とか囁かれ、こちらは困惑の極みである。
これらについて、ストーリーが始まったばかりの頃は先程触れた“仕掛け”を利用していくらでも切なさやエモさを描けるだろう、むしろその為にこそこの仕掛けがあるのではと期待したが無駄だった。

食事シーンへのこだわりが感じられない

別ゲームと比べるのは良くないが、ぼくなつでは滞在先のおばちゃんが用意してくれる食事の描写が細かく、バラエティに富んでいた。
冷蔵庫の中身を見ればヒントを得られるようになっていた晩ごはんクイズや、釣果を料理してくれるイベントも用意されていた。
冷蔵庫から牛乳や麦茶を飲むこともできたし、昼の時間帯に家に寄るとおにぎりが握ってあったりもした。
晩ごはんクイズは夕方台所に立つおばちゃんが出題してくれるのだが、幼い頃に誰しもが経験したであろう、「お母さん、今日のご飯なーに?」「今日はね…」といったやりとりの追体験のようでなんとも心温まる要素の一つなのだ。
しかし残念ながら、今作ではその部分も必要最低限に削られ、朝晩に食事シーンが機械的に挿入されているに過ぎない。
せっかく滞在先は食堂なのに、駅前にはカレー屋もあるのに、ただただ自分の口には入らない食材を金銭のために集め続けるためだけの舞台装置になっている。切ない。

行間を読む隙を与えないナレーション

これについてはある意味では親切と言えるかもしれないと無理矢理解釈できないこともない。だって全部説明してくれるから、考えたり想像する必要がないので頭がいらない。

結論、細部が描かれていないので神が宿らなかったゲーム

長々と不満を述べてしまったが、結論としてはこれしかないと思う。

もちろん徹底的にダメなゲームじゃない。誰かにとっては素晴らしいゲームだろうし、待ち望んでいた通りのゲームかもしれない。 
佳作程度には素晴らしいと思う。
しかし、何につけても“とりあえず”や“取ってつけたような”という言葉がチラつくゲームとなってしまったように感じた。

とりあえずぼくなつっぽい雰囲気の中で、クレヨンしんちゃんが取ってつけたようなイベントをこなすゲーム。

綺麗な背景の中でしんちゃんが可愛く動くだけで価値があるじゃないか、というならそれもそうかな。子ども向けのゲームに大人が文句を言うなんて間違ってる、それもそうか(子どもの感受性と読解力舐め過ぎだと思うけど)。
だけど……

だけど私は……正直言ってパッケージ版を購入していて良かったと思う。
多分秋にはこのゲームに登場したキャラクターのことを覚えていないだろう。

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