進むべき道へ
旅にでて、宿泊先からどこかへ出かける。
もしも、そのときひとりで、地図も持たずGPS機能も使えなかったら、まずしっかりとまわりを見て、今いる場所を確認しておく。
行きたい場所までの正しいルートを保つには、方角がわかるコンパスや距離を測るものも必要で、道すがらわかりやすいランドマークがあれば、なお心強いもの。
どうやらこれは、ほかの動物たちも同じみたいです。
『動物たちのナビゲーションの謎を解く
なぜ迷わすに道を見つけられるのか』
デイビッド・ハリー著 熊谷玲美 訳
インターシフト
灼熱の砂漠に生息するサバクアリは、高すぎる気温から身を守るために、一刻も早く安全な巣に戻ることが大切です。
採餌に出かけるときは、かなりの高速で走れる長い脚で、巣から徐々に大きなループを描くように進み、ときおり振り返っては、ほとんど見えない巣の入り口をじっと見て、さまざまな角度からの風景を記憶し、帰り道を見つけるときの手がかりにします。
太陽がコンパスです。(太陽の動きは、偏光のパターン “e-ベクトル” と体内時計とで補正している。)
移動距離の計測は、「オプティックフロー」と呼ぶ視覚効果を使い、地表の起伏を見込んで判断します。
歩数を走行距離計にしていて、それが戻るときの基準になります。
また、コンパスを補う情報として、風向きや振動、匂い、地球磁場まで使えるようです。
フンコロガシ(スカラベとも呼ばれる)の場合は、新しく作った糞玉を移動させる前にその上にのぼり、円を描く奇妙なダンスをしながら、頭上の空を注意深く点検します。
夜行性のフンコロガシならば、太陽ではなく月光の偏光パターンを使い、天の川を道しるべにしています。
ガイドとなるのは、視覚的なものばかりではありません。
アホウドリやフルマカモメ、ミズナギドリのような外洋の海鳥は、よく発達した嗅覚器官を持っていて、とくにジメチルスルフィド (DMS) という化合物の匂いに敏感に反応します。
DMSの高濃度領域は、外洋の島の周辺、水深の浅い大陸棚、海山の上で、それはまさに海鳥の餌が豊富にある場所。
そうした海域で、毎年決まった季節に起こる、匂いの強い微生物の大量発生現象が、海鳥の採餌だけでなく、飛ぶ方向を決めるのに役立っている可能性があります。
海洋底全体の少しずつ異なる匂いが、海鳥にとっての比較的安定した「ランドスケープ」(その風景を特徴づける構成要素) なのかもしれません。
音も、そうです。
動物のなかには人間の可聴域の下限 (20ヘルツ程度) よりずっと低い周波数の音、いわゆる「インフラサウンド」を感じとれるものもいます。
インフラサウンドは、海上の嵐や陸上の竜巻、さらには強風と山脈などとの相互作用など、さまざまな自然現象によって発生するもので、岸辺で砕ける波も発生源です。
消散するのが非常に遅いのが特徴で、何千キロと伝わることもあります。
ハトもインフラサウンドを感知できます。
場所ごとの特徴があるインフラサウンドは、教会の鐘の音のように、鳩舎のある地域から遠くへ広がっていき、ある種、灯台のような役割を果たして、ハトの帰巣に役立っていると考えられています。
ただ、大気中の温度の勾配や風の分布、地形などの影響で、局所的な「無音域」、つまり音のシャドーゾーンが生じると、そのなかにいるハトは、自分の鳩舎の地域から届く固有のインフラサウンドを聞きとれずに、迷ってしまうようです。
地球磁場も、ナビゲーションに役立ちます。
ウミガメの子ガメは巣穴から出ると、光を追いかけ波打ち際まで大急ぎで進み、無事に海に入ることができれば、必ず岸と平行の寄せる波に対して直角に泳ぎます。
深いほうまでくれば、風の影響を受ける波は当てにせず、磁気コンパスに切り替えて沖へ向かいます。
フロリダの東海岸で孵化したアカウミガメの子ガメなら、強い北向きのメキシコ湾流に乗って、水深の深い海域に運ばれ、数年かけて大きく育っていきながら、北大西洋循環を形づくるいくつもの海流に沿って泳いでいきます。
北大西洋海盆全体を時計回り方向に循環する、およそ1万5000キロの旅です。
循環の外に迷い出れば死につながりますが、内にとどまっていれば、この大きな水塊は、最終的に、青年になったウミガメを、孵化した砂浜に近い餌場に送り届けるのです。
こうした回帰行動が、ランドマークもない茫洋とした海で成し遂げられるのは、北大西洋循環内の地磁気特性に対する感受性を子ガメが持っていて、ルート上の磁場の違いを感知し、循環内にとどまることができるからだと考えられています。
加えて、生まれた場所の地磁気特性が刷り込まれていることも、明らかになってきています。
地球磁場に対する反応は、ときとして、あの胸を傷める悲しい光景、クジラの「マスストランディング (集団座礁)」の原因になるという説もあります。
磁場強度の勾配や、太陽嵐によって生じる地球磁場の乱れが、クジラを混乱させ、進むべき方向を迷わせるのです。
気候変動の影響による大規模な海流や風系の循環の変化もまた、多くの動物にとっての脅威であり、光害もそうです。
たとえば、北極星を中心に回転する星のパターンを感知できるルリノジコは、星が見えないと方向感覚を失ってしまうようなのです。
渡った先の生息地が、開発により喪失していることもあります。
偉大な昆虫学者エドワード・ウィルソンの考えに、「バイオフィリア」〔生物(bio)+好む傾向(philia)〕があります。
わたしたちは「他の生き物と親しくなりたいという衝動」を受け継いでいるというもの。
まだ謎も多い動物たちのナビゲーション。
共に生きる彼らに学ぶことは、これからも山ほどありそうです。
✴︎ ✴︎ ✴︎
この瞬間、生命あるものはみな、
この地球で生きるのに必要なすべてを持っている。
改めてそう気づくと、静かな感動が胸に満ちてきます。
そこに自分も含まれていることにありがたい気持ちでいっぱいですが、便利なものに任せっきりで、錆びついてしまった感覚がいろいろありそうです。
自然のフィールドで多くの時間を過ごしている人たちならば、享受しているかもしれないものも、知らないままです。
この本にも、ガーナの漁師が、オールを水中に突き立てることで魚を見つけられるという話が、紹介されています。
オールの平らな面が、水中で魚が立てる音を集める指向性アンテナとなって、ハンドル部分に耳を押しあてれば、漁師は魚がだいたいどのあたりにいるのかわかるそうです。
もしそんなふうに自身の感覚を研ぎ澄まして鍛えることができたなら、自然とよりうまく共生して、もっと身軽に、もっと軽やかに、生きていけるかもしれません。
長くなってしまいました。
最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。
おわりに、写真を1枚だけ。
この雲のかたち、なんだか祈りを捧げているように見えませんか?
横顔からは切なる思いがありそうな……
見上げる先は、鳳凰なのかな…?
あなたと、あなたの大切なひとが、
秋の楽しみをたっぷりと堪能できますように。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?