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最強にクールな人間


作:荒谷知櫂

 幼いころの僕は、いわゆる「格好つけ」だった。何も特別なことをひとつもしていないのに何でもできちゃう人だと思われたい、なんていうとてつもなく高い理想を持っていた。
 しかし、生憎僕は不器用で、苦手なことがたくさんあった。

▷▷▷

国語:こんな少ない文章で登場人物の感情なんて本当にわかるのか?

家庭科:不器用なのでちまちました作業が苦手。

体育:棒を掴んで逆さに回るってなんだ。ボールと仲良くできない。

音楽:音程が取れていないということはわかる。

◁◁◁

 とまあ、軽く考えても苦手なことがたくさんあったわけだ。

 では、どうすれば何でもできちゃう人だと思ってもらえるのか。

 当時の僕は真剣に頭を悩ませた。そして考えついた答えは、「できるまで練習すればいいじゃないか」というもの。

 そう、今思えばだいぶ無理がある。
 だけど、驚くことに案外何とかなっていたのだ。国語は本をたくさん読むことで何となく登場人物の心情がわかるようになったし、家庭科も体育も音楽も授業で取り上げられる前にひたすら練習を重ね、テストでは大概好成績を残すことに成功した。

 まあ今思い返せば、クールじゃない部分は多々あった。格好つけようとすると、裏目に出るのが常。特に、四字熟語やことわざなど難しい言葉(当時基準)をつかったときは、覚え違いを指摘されよく笑われていた。
 だけどそれは、当時の僕的には許容範囲内だった。当時の僕は、「自分が最強にクールな人間である」と心の底から信じていたのだ。



 だけど、それが崩れたのは中学一年生のときだった。
 その日はりんごの皮むきテストがあった。りんごをカットし、うさちゃんりんごを作るというものだ。不器用な僕はこのテストを心待ちにしていた。なぜなら、テストがあるとわかった1ヶ月ほど前からコツコツと練習を重ねていたからだ。
 僕には完璧にうさちゃんりんごを作ることができるという自信があった。

「できるかなー」
「難しいんだけど」

 なんて、口々に言うクラスメイトの声を聞き流しながら、僕は迷いなくりんごに包丁を突き立てた。バキッ。鈍い音を立て、まな板の上でりんごが二つに割れる。
 先生の指示通り、班の人へ切り分けたりんごを配り、自分のりんごをうさぎに進化させるべく作業を始める。
 僕は鼻歌でも歌い出しそうな気持ちだった。次に何をすればよいのか、教科書なんて見なくてもわかる。
 すいすいと頭の中で次の工程を思い浮かべながら僕は手を動かした。
 完成したのは、真っ赤な耳が映えるうさぎ。包丁を置き、完成したそれをじっと見つめた。
 ピンと張った耳は三角、剥かれた体は滑らか。  
 うん、完璧。
 僕は自信たっぷりに顔を上げた。どうだ、すごかろうといわんばかりの表情をしていたと思う。
 しかし、顔を上げた瞬間、僕は同じ班のYと目が合った。クラスのお調子者のY、その顔は酷く真剣だった。
 僕はぎょっとした。
 こいつの真面目な顔初めて見たんだが、という「ぎょっ」だ。
 そんなやや失礼なことを考えていると知らないYは真面目な雰囲気で僕に言う。

「あり(当時のあだ名)、おまえもう包丁持たん方がいいと思う。おれ、めっちゃ怖かったんやけど!」

 Yは初め真顔だったが、段々といつものおどけた調子に戻る。だけどこころなしか、その笑みが引きつっている気がした。

「なんでや、そんな危なかないやろ?」

 Yの様子に少々面を食らいつつも僕はハハッと笑い飛ばし、隣にいたAちゃんに尋ねた。Aちゃんは、ほんわかおっとりとした子だ。優しきAちゃんは僕の味方をしてくれるに違いない。期待のまなざしを向ける僕。
 しかし、Aちゃんは気まずそうな顔で僕に答えた。

「あり、ほんと危なかったよ。わたし指切るんじゃないかと思った」

 そこから後の記憶はあやふやだ。
 覚束ない足取りで先生の所へむかい、褒めてもらったことは覚えている。
 評価はA。そりゃそうだ。部活で疲れた体を叱咤してせっせと練習してたんだから、いい評価じゃないと暴れてる。
 だけど、こんな評価が何になるっていうんだ。かっこいいと思われないならこんなのどうでもいいってんだ。
 僕のなんでもできる最強でクールな人間計画が頓挫した瞬間だった。



 僕、当時仲の良かった人と話すと、「天然」だとか「行動が面白かった」だとか言われる。
 悲しいことにその頃の僕はとんだマヌケ野郎でしかなかったのである。だけど、ただ僕だけは知っているのだ。僕は最強にクールな人間を目指していたのだと。

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