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#習作 したたる(約900文字・読了5分)

募集要項

# 純文学チックなので面白くはないです。
# 30分執筆チャレンジ

お題

海苔巻き・酒・太陽

本編

たしか雨の日だった。
最初に父が言葉を発した。
「おまえは、このあとどうすんや。高い金はろうって、附属いれたんやぞ」
もまだ二合にも満たない中で、父がそういった。

まさか、ぼくの進路相談が、雑賀崎の肉屋とはおもってもいなかった。
和歌浦の海は3月らしく、落ち着いている。いくつかの漁船も、明日の出港にむけてだろうか、紐で頑丈にくるまれている。3月の夜風は気持ちいい。父も同じようにこの夜風を感じているといい。

「いつまでも和歌山におったって、なんもならん。この町は終わっていくだけや。早く東京にでんと」

店の中 −といっても10席程度でしかない− この店に、しばらく沈黙が続いた。夜風が戸を叩く雨音と、父がしきりにモツの油を落とす音とが、互いに不況に響いた。会話は続かない。

父をよく知った女将は、すかさず酔いでもさますかのように、「巻き寿司」(こっちでは早寿司というのだけれど)を持ってきた。

父には、昔、ぶらくり町のホルモン屋で食べて酷く当たった記憶があるらしかった。ちょうどぼくが小学生だった頃、ヤクザとも対等に言い返していた父が、あの父が、あのホルモンにあたった時だけは、床の間で右へ左へと身体を、寝返りを覚えたての乳児のようにしてうねっていた。
ざまあみろ、と思っていたことを覚えている。

モツの油がしたたる。
したたるたびに、虫の死声のような、命が朽ち果てる音が、ただただ聞こえる。来たときから降り続いていた雨も止んだようで、トタン屋根に落ちる雨音はいくぶんか静かになった。

蚊の鳴くような声で僕は、最初の父の問いに答えようとした。
「俺がどうするかは、別にええやん。おとんには関係ないやん」

父はなにも語らない。
ただ、父が金網に置いたモツは「太陽」にでも焦がされるようにして、網の隙間へと落ちていった。父は、モツと僕を等分に、ただただ見つめていた。

あの日の父は何が言いたかったのだろう。

トタン屋根に残った雨が戸外にしたたる音が演歌とともに響いていて、不慣
れな日本酒を胃袋に含んだ僕は、なにを話せばいいのだろうと、ひどく酔ったなかでも、それだけは明瞭におもったことを30年経った今でもきちんと覚えている。
(完)


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