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倍速症候群【2000字のホラー】

皆さんは『倍速』機能を使用しているだろうか?

多くの人が使用したことがあるだろう。

誰もが効率化を求めて行っていると思う。この過剰な情報社会で生きる上では必然だろう。

しかし、物事にはメリットとデメリットがある。

『倍速症候群』という病名を聞いたことがあるだろうか?

聞きなれない単語だろう。それもそのはず、国内での患者数は10人にも満たない。

今回は『倍速症候群』を発症した、大学生S君に対して取材の機会を得た。

以下、S君との取材内容である。

注意事項が1つ。現在、彼は筆談でしか会話が出来ない。

取材は喫茶店を貸し切って行われた。

「人が多く会話が飛び交う場所では集中出来ないんです」と、彼はメールで謝罪していた。

私は待ち合わせの1時間前に店に到着した。

30分後に喫茶店の扉が開く。

短髪でスポーティーな青年が歩み寄ってきた。

「S君だね。取材を受けてくれてありがとう」

席から立ち上がり挨拶をする。

「…………」

「すまない⁉︎ 筆談だったね」

慌てて紙とペンを準備する。

しかし、慣れた手付きでS君がカバンからタブレットを取り出し文字を書き始める。

『よろしくお願いします』

S君は少し困ったような表情を浮かべながら、タブレットをこちらに向けた。

ポケットに入っていたメモ帳に出来るだけ大きく返事を書いた。

『こちらこそ、よろしくお願いします』

力が入っていたのか、太くて不恰好な文字を見てS君は苦笑いした。

挨拶を終え、席に着き。取材をはじめた。

取材は質問をノートパソコンに打ち出し、それをS君が読み質問に答える形で行った。

そして話は『倍速症候群』を発症した日に――

「筆談が出来るのが唯一の救いでした」

S君の話はその一文から始まった。

あれは1年前の夏休みのことです。

コロナが流行り出した時期でした。バイト先が休業、友達と遊びに行く予定も、サークルの予定も全部が全部なくなり、カレンダーが真っ白になったんです。

かといって、外出することもできない。一人暮で感染したら終わり。

家で過ごすしかなかった。

家でやることなんて限られてくる。ゲームか読書、そして動画視聴。

オレはゲームも読書も好きじゃなかった。残った娯楽が、動画視聴でした。

一日中、観てました。

食事中も、トイレの時も、風呂場にもタブレットを持ち込んでました。

最初は普通に観てたんです。

けど、こうなったら、夏休み中に配信サイトの全作品を観てやろう! って思ったんです。

そこから『倍速視聴』をはじめました。

1.5倍→2倍と速度を上げました。

一度、2倍速で止まったんです。

けど、夏休みも後半に入ろうとしていた頃です。

このままじゃ、全作品観れない! そう思ったんです。

そこからは作品を観ることではなく、いかに速く観るか? が目的になっていました。倍速専用のアプリを使い速く、さらに速くーー。

3倍→4倍→5倍→6倍→7倍ーー

最終的に10倍速に達しました。

10倍速で映像が視聴できるのか? って思いますよね。こと時には、既に発症してたんだと思います。

視聴できたんです。

それからは取り憑かれた様に動画を視聴し続けました。

そして夏休みが終わり、久しぶりの授業で大学へ行ったんです。

その日はいつもより早く大学に到着して、席について誰かが来るまで待ってたんです。

その内にうとうとしてきて……誰かに肩を揺すられて目を覚ましたんです。友達のY田でした。

こちらを見て笑いながら、何かを言っていました。

「なぁ〜〜あ〜〜に〜〜ぃ〜〜ね〜〜む〜〜ぅ〜〜り〜〜ぃ〜〜し〜〜て〜〜ん〜〜だ〜〜ぁ〜〜」

気がついたら教室中で同じ音が響いてました。

怖くなって耳を塞ぎました。その時、気がついたんです。

確認の為、恐る恐る耳から手を離しました。耳に入ってくる音は相変わらず、訳が分からないままでした。けど、生徒の動きを見て確信しました。

そう、人の声でした。

その瞬間周りの音を……いや、声をかき消すために叫んでました。

当然、病院に運ばれました。病院で先生が話しているんですが、何を言っているか分からない。

その時、1人の先生が紙に質問を書いてくれたんです。

涙が出ました。他人が何を言っているか分かって、安心したんです。

そこからは筆談で診察を受けました。

けど、症例がほとんど無く。勿論、治療法も全く確立されてません。

治るかすら分からないんです……。

彼の話はそこで終わった。

何か治療は行っているのか? と質問すると。

映像の速度を下げて視聴しているそうだ。今は8倍速で声を聞き取る訓練をしているのだという。少し効果を感じているそうだ。

しかし、この治療だと視聴時間の10倍以上の治療時間がかかるのでないかと医者に言われたそうだ。

それは一体……何千、何万時間なのだろうか?

取材の最後にS君に質問をした。

「君の声はどうなっているんだい?」と……。

彼は戸惑いの表情と共に、声を聞かせてくれた。

彼の声は…………

文字では書けない音だった。

読んでいただいてありがとうございます。面白い作品を作ってお返ししていきたいと考えています。それまで応援していただけると嬉しいです。