『三日坊主のさとり』~5話~
【三日坊主のさとり】
この寺には国中から、多くの僧侶が集まっている。それぞれが、それぞれの道を進み『悟り』を目指して修行に励んでいる。
寺の敷地は広大で、建物の管理は僧侶たちが行っていた。歴史も古く、寺の建物自体が寿命を迎えることもたたある。使われていない古い建物もいくつか存在した。
そして古い建物につきものである。怪談話もまた、存在する。
例えばこんな話がある――。
寺のはずれに、小さなお堂があった。そのお堂の周りには、建物が一切なく。木々に覆われていた。その場所に、お堂があること自体知らない僧侶もいた。
そんな古いお堂から、人の声が聞こえてくるというのである。ひとりその声をはっきりと聞き取った僧侶がいた。彼曰く、何かに悔いているような声だったという。きっと、修行の道半ばで命が尽きてしまった僧侶の霊が、後悔の念で縛られているに違いない――。
その様な、曰く付きの古いお堂に何やら人影がひとつ。誰もいないはずのその場所で、小さくちじこまっている小坊主がひとりいた。
そう、そこにいたのは三日坊主であった。
「くそ! どうして僕は……どうして僕は何も続けることが出来ないんだ! 武道も勉学も、畑仕事や座禅すらまともにできなかった……。うぅ……このままじゃ、『悟り』になんてたどり着けない……クソっ! クソ‼」
三日坊主の声は、悔しさと怒りで知らず知らずのうちに大きくなっていた。その声は、お堂を囲む木々に吸い込まれっていった。
「う……クソ……クソ……」
三日坊主はついに、膝を抱えて泣き崩れてしまった。まるで大粒の雨が降っているかの如く、涙がこぼれ落ち地面を濡らした。
「………………」
大粒の涙を流し切り、三日坊主は黙り込んで膝を抱えたまま固まっていた。
パキっ⁉
誰かが枝を踏んだような音が聞こえた。しかし、三日坊主は音を無視して顔を上げずにうずくまったままだった。
シャ、シャ、シャ。
何かがこすれるような音がした。音が近づいているのが分かった。
「ふむ、そこにおるのは……?」
音の主が声を上げた。どうやら誰かが、お堂に来たようだ。三日坊主は、今更立ち去ることもできず。顔を隠したままやり過ごそうと思った。
しかしーー
「ほほ、そなたは『三日坊主』だな」
顔は見えていないはずなのに、自分が誰なのか言い当てられた。それでも三日坊主は、顔を上げずにやり過ごそうとした。
「ほれ、顔を上げなさいーー」
優しく頭をなでられた様な、包み込まれるような声だった。
「ッ…………」
三日坊主は何も言わずに顔をゆっくりと上げて、声の主を確認した。
そこにいたのは――老師であった。そう、この寺の主である。現在、この寺で唯一『悟り』に至ったとされる。人物である。
三日坊主は驚きで目を見開いた。そのまま固まってしまいそうになったが、すぐ我に返る。そこで自分が老師を見下ろす位置にいることに気が付いた。
三日坊主は、慌ててお堂の屋根の下から出て石段を三段一気に飛び降りた。その勢いのまま、その場で正座をして老師に頭を下げた。
「ほほほ、そんなに慌てずともよいぞ――」
三日坊主の慌てぶりを見て老師は笑った。そして改めて、三日坊主に「頭を上げなさい」とやさしく仰った。
三日坊主はゆっくりと頭を上げた。
三日坊主は、老師をこれほど近くで見るのは初めてだった。背丈は非常に小さく、三日坊主よりも低かった。表情はとても柔らかく常に笑顔だ。
「ほれ、そのような場所で座ると足が痛かろう。いいから立ちなさい」
老師が地面に直で正座をする三日坊主を気遣い立ち上がるように促すがーー「いえ、大丈夫です! このままで、大丈夫です!」と三日坊主は立ち上がることを拒んだ。
「いつでも立ち上がってよいからのーー」と、老師は言った。
「ほほほ、三日坊主よ。そなたこのような場所で何をしておった?」
改めて、老師が三日坊主に尋ねる。
「…………」
三日坊主は、老師の問いに言葉を返せなかった。修行が継続できない自分が悔しくて泣いていた。と、言えなかった。自分のふがいなさを認めることが出来なかった。ふたりの間に沈黙が流れた。
三日坊主が視線を上げると、老師と目が合った。その時、四方を囲む木々の隙間から、お天道様の光が差し込み。優しくふたりを照らした。
「大丈夫」と、言われた気がした。
「修業が……修行が……続かないんです。『悟り』に至りたいという気持ちは、本当なのです。本気で修業に取り組んでいるんです。けど、どうしても続けられない。1日、2日は頑張れるんです! けど、3日、4日、5日と続けられない。こんなんじゃ、このままでは『悟り』になんて至れない……老師……ぼくは……どうすれば……どうすれば……うッ……」
一度は止まったはずの涙が、老師への告白と共にまたあふれ出した。三日坊主は、顔を隠すようにその場でうずくまってしまった。
「どうすれば……どうすれば……」
救いを求めるように、同じ言葉を繰り返した。その時、肩に手が添えられた。
「ほれ、顔を上げない。三日坊主」
三度目の言葉を老師がかけた。
頭を上げた三日坊主の顔は、涙と鼻水でくしゃくしゃになっていた。
三日坊主が頭を上げたのを確認して。老師が、ぽん、ぽん! と軽く肩を叩いて手を離した。すると、その場に老師が正座を組んだ。
「老師⁉ 足を痛めます」
三日坊主が慌てていると「よいのじゃ――」と、かまわずその場に座り込んだ。
三日坊主は老師の姿をみて息をのんだ。ただ、その場に正座をしているだけなのに、圧倒されてしまった。それほどまでに、洗礼された姿勢であった。
「三日坊主、姿勢を正しない」
老師の言葉を受け取り。涙をぬぐって、姿勢を正した。老師の目をまっすぐ見つめた。姿勢と共に視線も定まった。
「よろしい――」
一呼吸おいてから、老師が話しを始めた。
「三日坊主よ、継続とは何だと思う?」
老師が三日坊主に、やさしく問いかける。
「継続……継続……」
「ゆっくり考えてよいぞ」
「はい」
三日坊主は軽く頭を傾けながら思考する。
「継続とは、1つのことを毎日続けることだと思います」
考え出した答えを告げると老師は笑った。
「ほほほ、確かに毎日続けられたら大したものじゃな。毎日続けられたらそれは間違いなく、継続と呼べるであろう。しかし、毎日続けるのは難しいと思わぬか?」
「うッ……はい。毎日続けることは難しいです……。しかし、そうしないと『悟り』には至れない! 違いますか?」
「ほほほ、慌てるでない。三日坊主、まずは継続についての考えを改めることじゃの――」
老師が、焦って答えを求めようとする三日坊主をなだめる。そして自分のペースで話を進める。
「儂が考える継続とは、毎日続けることではない」
「え⁉ 違うのですか?」
「継続とは、諦めずに続けることじゃと考えておる」
「諦めずに続けること……」
三日坊主が、老師の言葉を繰り返す。
「そうじゃ、継続とは、諦めずに続けるとこをいう」
「老師……。それはどう違うのですか?」
「よいか、三日坊主よ。 毎日続けることが出来れば、それは素晴らしいことじゃ。間違いなく、継続と呼べるであろう。いや、完璧な継続と言ってもよいな」
「はい」
「しかし、完璧な継続など誰にもできぬ! 儂もよく修業がいやになり、休むことがある。ほほほ」
「え~~⁉」
三日坊主が、老師の言葉に声を上げて驚く!
「老師も修業をさぼることがあるんですか⁉」
「ほほほ、内緒じゃぞ」
三日坊主の驚く姿をみて、老師が面白そうに笑う。
「三日坊主よ、よいか? 重要なのはここからじゃ――」
老師が姿勢を戻し、改めて三日坊主に語る。
「さぼった翌日にまた、はじめればよいだけなのじゃよ」
「――」
「もう一度。さぼった翌日にまた、はじめればよいだけなんじゃ。つまり、継続とは、諦めずに続けることなのじゃ。そうじゃな――三日坊主よ、そなたこの10日間何をした?」
少し間を置いてから、三日坊主が答えた。
「剛力僧侶に2日修業をつけてもらって、学道僧侶に2日学問を学び、座布団僧侶について3日間畑仕事や瞑想を行いました」
「ほほほ、つまりこの10日間で7日修業をしていたことになるな!」
三日坊主は目をクッ! と見開いた。その時、何かに気がついたようであった。
「三日坊主よ、そなたは三日と修業が続かないと悩んでおるが。焦る必要はないのじゃ。1日、2日休んだところで変わらんよ。そのままでよい! 三日坊主も百回繰り返せば、二百日の修業となる。諦めずに続けることじゃ! さすれば、いずれ『悟り』にいたるであろう――」
「――――」
黙ったまま、三日坊主は何かを考えていた。そして、ポン! と膝を叩いて老師に告げた。
「老師、ありがとうございます! 自信が湧いてきました! 明日から日替わりで、剛力僧侶、学道僧侶、座布団僧侶の修業を受けてみます!」
老師は三日坊主の案に、目を丸くして驚いた。
「ほほほ、日替わりとな⁉ それはまた、大変そうじゃな~」
老師は、三日坊主の無謀な案を止めようとはせず、ただ優しく笑うだけだった。その様子を励ましと捉えた三日坊主は元気に答えた――
「今度こそ続けてみせます!」と。
その後も、三日坊主は『悟り』を目指して修業行った。
継続は思うようにできないままであったが、決してあきらめることなく修業続けた。
悟りを目指して、『三日坊主』を繰り返した――。
これは余談になるのだが、これより少し先の話。
世に『三蔵法師』の名が広く知られることになるのだが、この時はまだ誰も知る由もなかった。
三日坊主は、今日も修業に励む。
『悟り』の境地はまだまだ遠い――。
【了】
読んでいただいてありがとうございます。面白い作品を作ってお返ししていきたいと考えています。それまで応援していただけると嬉しいです。