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『三日坊主のさとり』~4話~

【座布団僧侶のさとり】 

この寺には国中から、多くの僧侶が集まっている。それぞれが、それぞれの道を進み『悟り』を目指して修行に励んでいる。

武術に勉学、料理に薬学、書道や画道など。多岐にわたる道に、皆が挑んでいる。

その中で、何をしているのか分からない僧侶存在する。寺の中をぶらぶらして、やる事といえば畑の手入れだけ。それ以外は、日がな一日を過ごす。そんな僧侶もいたりする。

しかし、その僧侶は寺で一番の支持を集めていた。『悟りに1番近いのは?』と問われれば。皆、揃ってその僧侶の名前をあげた。

その僧侶の名は『座布団僧侶』。この寺で今もっとも『悟り』に近い人物である。

「今日もいい天気やね〜」

座布団僧侶は唯一の日課である、畑仕事に勤しんでいた。額ににじむ汗をぬぐいながら、天を仰ぐ。そこには雲ひとつない晴天が広がっていた。

「野菜たちも喜んどるなぁ〜」

降り注ぐお天道様の光が、青々とした野菜の葉にきらめいていた。

「うんうん」

まるで野菜の言葉を受け取ったかの様に、座布団僧侶は大きく頷いた。

「座布団僧侶〜座布団僧侶はおられますか〜?」

畑のはずれから、座布団僧侶を呼ぶ声が聞こえてきた。座布団僧侶はゆっくりと振り返り、ゆくっり声のもとへと進む。

「はい、はぁ〜い。どちらさんかね〜」

座布団僧侶がようやく声のもとへとたどり着くと――。

「そなたは『三日坊主』ではないか?」

「うっ‼」

三日坊主は、少し表情を曇らせる。自分の意図せぬ形で名前が、寺中に広まりつつあることに軽く恐怖を覚えた。

「何用かの~?」

三日坊主は、座布団僧侶の言葉で我に返る。気を引き締めなおして、話し出した。

「座布団僧侶、どうか修行のお供をさせてください!」

「はれ⁉ 私の修行が受けたいのか? 全然かまわんけど? 三日坊主は体調もどったのかの~?」

座布団僧侶は心配している様子で、三日坊主に確認する。

「大丈夫です! 医務室で寝て過ごしたらすっかり治りました」

三日坊主は胸を張ってみせた。何一つ威張れることはないのだが……。

「ハハハ!」

自慢げな三日坊主の様子をみて、座布団僧侶が笑った。

「そうか、そうか。体調がよいのなら修行をしてもよいな。では、早速初めていこうかな。畑の手入れを手伝ってくれるかな?」

「はい!」

三日坊主は元気よく返事をして、座布団僧侶の後につづいた。三日坊主は自分の体調に気を使ってくれた座布団僧侶に安心感を覚えた。

「この人の修業なら続けられる気がする!」と、また根拠のない自信が芽生えていた――。いつもより大きく腕を振り、気合いを入れて畑の中心へ進む。

座布団僧侶につづいて、畑の中心にたどり着いた。三日坊主は、改めて畑を見渡してその広さに驚いた。

「座布団僧侶、毎日おひとりでこの畑を手入れされているんですか?」

「そうやなぁ~」

座布団僧侶は、何でもないことの様に言ってのけた。

「今日は三日坊主もいてくれるから大助かりやは~さぁ、はじめよか!」

座布団僧侶が腕をまくりながら、畑の手入れを始める。「よし!」と、三日坊主も腕まくりをして作業にかかる。

畑の作業は雑草をとることからはじまった。「野菜たちに栄養がいくようにしやなあかんのよ~」と説明をしながら、座布団僧侶は雑草をとる。

座布団僧侶の作業は特別早いことはなかった。どちらかといえば遅いぐらいで、その代わりに丁寧に作業を進めていた。

「ごめんしてな~」と抜いた雑草に時より謝っている声が聞こえてきた。三日坊主もそれに倣って「ごめんね」と雑草に謝りながら畑を綺麗にしていった。

太陽が真上にさしかかるころに、座布団僧侶が「昼休みにしよか~」と三日坊主に声をかけた。

畑のそばにある木陰にふたりで腰かけた。すると座布団僧侶が、大きなおにぎりを取り出してきた。

「ちょいと大きすぎたかな~」

三日坊主は両手でおにぎりを受け取った。あまりの大きさに笑みがこぼれた。

「大きいですね~はは」

座布団僧侶と三日坊主が、並んでおにぎりを頬張る。座布団僧侶が、おにぎりのお供に漬物も分けてくれた。

「畑で取れた野菜の漬物。いいできなんよ」

三日坊主は、漬物も遠慮なく食べる。

「おいしですね」

座布団僧侶は、三日坊主の素直な感想に満足そうな表情を浮かべた。

「ここで食べるおにぎりが、僕はいちばん好きなんよ」

うれしそうに語る座布団僧侶を見て、三日坊主もなんだが嬉しい気持ちになった。そこからは、ふたりしてゆっくりとおにぎりと漬物を味わって食べた。

食べ終わった後もすぐには作業にもどることなく。ゆっくりと時間を過した。満腹感とほどよい日差しに当てられて、眠気を感じ始めた頃。

「さぁ、ぼちぼちつづき初めていこうか~」

座布団僧侶が膝をポン! と叩いて立ち上がった。

「はぁ、はい⁉」

眠りに落ちかけていた三日坊主は、慌てて返事をした。そこから、午前中の仕事の続きがはじまった。ふたりで集中して畑の草むしりを進めていく。

日が落ちる少し前に、ひと通りの雑草を抜き終えた。

「はぁ~三日坊主のおかげで、一日で抜くことが出来たは~。ありがとうなぁ~」

「いえ、そんな!」

三日坊主は褒められることに慣れていないので、照れくさそうに返事を返した。そんな様子の三日坊主をよそに、座布団僧侶は感謝の言葉を重ねていった。

「いや~本当に助かったんよ! いつもなら2、3日はかかるからなぁ~。本当にありがとうなぁ~」

へへッ! と、照れながら三日坊主は頭をかく。

「じゃ、今日はここらへんで終わりにしよかな。宿舎に帰ってゆっくり休んでなぁ~」

そう言い残して、座布団僧侶は畑を後にした。

「お疲れさまでした!」

三日坊主は座布団僧侶におじぎをして。宿舎へと戻った。体は疲弊していたが、仕事を終えた満足感から気分はスッキリとしていた。

宿舎へと向かう足取りは非常に軽かった。しかし、三日坊主はある重大なことに気が付いた「あれ? 修行してないぞ……」と――。

2日目――。

昨日は一日、畑仕事で終わってしまったので。三日坊主は「今日こそは、座布団僧侶にしっかりと修業をつけてもらうのだ!」と心に決めて畑へと向かった。

畑に着くと、座布団僧侶がすでに仕事を始めていた。

「おはよ~三日坊主」

「おはようございます! 座布団僧侶お話が――」

「すまん! 早速やけど少し手を貸してくれるか?」

「え⁉ あ、はい!」

三日坊主が修行をつけてくれと言う前に、座布団僧侶のペースに引っ張りこまれた。どうやら畑にまくための水を運んでいたらしい。

座布団僧侶が水がいっぱいに入った桶を三日坊主に手渡した。

「重いぞ~」と言われて、手渡された桶は想像より重く。危うく地面に落としてしまいそうになった。

「よ~し! 野菜たちに水をたくさん飲ませたやろな~」

そう言って、座布団僧侶は桶をふたつ持ち上げて畑の中を進んでいく。三日坊主も渡された桶を両手で持ち上げて、座布団僧侶の後につづいた。

桶いっぱいに入っていたはずの水は、畑にまくとあっという間になくなってしまった。そのたびに井戸まで水を汲みに行って、畑に戻るを繰り返した。

これが中々の重労働だった。しかし、座布団僧侶は苦しい表情を一切見せることなく。笑顔で作業をこなし、野菜に水をまき続けた。

「たくさん水を飲むんやぞ~今日もきっと熱くなるからなぁ~」

三日坊主は息を切らしながら水をまいた。その様子を見た座布団僧侶が「三日坊主も水を飲んでいいんやで~」と、野菜に向ける笑顔とはまた違った笑みを浮かべてからかってみせた。

広い畑全体に水をやり終えるのに、結局半日を費やしてしまった。そして昨日と同じく、座布団僧侶が昼食におむすびをふるまってくれた。

昨日より塩がきつめになっていた。「今日は汗かくと思ったからな~その分少しだけ、塩効かせたんよ!」と座布団僧侶は嬉しそうに話した。

労働後の食事がこんなにもおいしいことに、三日坊主は改めて気が付いた。座布団僧侶からもらった大きなおにぎりと漬物をゆっくり味わって食べた。

食べ終わるとまた、休憩時間をとった。そこで三日坊主がハッ⁉ となりあることを思い出す。そう、修行である。

「座布団僧侶、修行を! 修行をつけてください!」

三日坊主が、座布団僧侶をまっすぐに見据えて。改めて、修行をつけてくれとお願いした。しかし、座布団僧侶から予想外の言葉が返ってきた。

「畑仕事は今日はここまでやね。昼からは寺を歩いて回ろう」

「え⁉ 修業は?」

頭に疑問を浮かべる三日坊主をよそに、座布団僧侶はさっさと立ち上がって歩き出した。三日坊主は仕方なく後につづいた。

座布団僧侶の後につづいて歩き出したとき、三日坊主はひらめいた。修行の場へと案内されるのだと! しかし、その期待はすぐに裏切られてしまった。

座布団僧侶は目的もなく、寺の中を歩き回るだけだった。三日坊主は黙って後につづいて歩いていたが、さすがに辛抱できなくなってきた。また、声を上げようとしたその時だった。誰かが座布団僧侶のもとに近づいてきた。

「座布団僧侶、良いところに! ひとつ頼まれていただけませんか?」

そこに現れたのは、ひとりの薬僧だった。どうやら薬を作るための薬草を取りに行く暇がないので、座布団僧侶に薬草の採取を頼みにきたようだ。

「かまわんよ」と座布団僧侶は一言だけ告げ。裏山に向かうため、寺の裏門へと歩き出した。三日坊主もそのあとにつづいた。

「座布団僧侶、修業は? 修業はしないのですか?」

「いいから、いいから」

と、笑いながら座布団僧侶は頼まれた薬草を採取するために裏山へとむかった。三日坊主は仕方なく薬草採取を供にした。

目的の薬草は裏山の麓で見つけることが出来た。「また、山を登るのか?」 と不安に思っていた三日坊主にとっては救いだった。

薬草はすぐに十分な量を採取することが出来た。

「よし、戻って薬草をとどけましょう!」

三日坊主は薬草の採取を終えてすぐに、寺へ戻ろうとした。が――

「いや、せっかく山まで来たのだ。山菜も採っていこう」

「え⁉ 薬草はもう採り終えましたよね!」

「いいから、いいから」

そう言うと、座布団僧侶は山菜を採るために、草をかき分けて先へと進んでいった。三日坊主はまたまた仕方なく後につづいた。ふんーふん―! と、鼻から出る呼吸は荒くなっていた。

結局、薬草と山菜を採り終えるて寺に帰るころには、日はすっかり沈んだ後だった。寺に着くと、

「薬草は僕が届けておくから、今日はここまででええよ~」

「は……はい……」

そうして座布団僧侶と別れて。三日坊主は宿舎へと向かった。

「んなぁーー」と三日坊主が、声を発して頭をかいた。

「今日も、何も修業ができなかった! 座布団僧侶はいったい何を考えているのだ? んん~~。いや、明日こそは修業をつけてもらおう‼」

三日坊主はひとつ覚悟と決めて、宿舎に戻りその晩を過ごした。

3日目――。

その日は朝から強い雨が降っていた。座布団僧侶がどこにいるのかわからなかったので、ひとまず畑の方へと寺の中を進んでいって。

座布団僧侶は、畑が見れる縁側に座っていた。

「おはようございます」

「おはよー、三日坊主。今日は雨やね~畑に水あげんでいいからよかったは~。けど、少し荒れそうやね」

そういうとゆっくりと座布団僧侶は空を眺めた。確かに雨が徐々に強くなっていた。雲行きも怪しかった。

「座布団僧侶! 今日こそ修業をつけてください!」

三日坊主は昨晩決めていたことを口に出す。『今日こそ修業をつけてもらう』強い意志を持って、座布団僧侶をまっすぐ見据えて言った。

座布団僧侶は黙って三日坊主をまっすぐに見つめ返した。三日坊主は目をそらさずにまっすぐ目を見ていた。

「三日坊主は修業がしたいの?」と問われる。

「いや、だって、修行をしないと『悟り』に至れないでしょ!」

少し詰まりながら、三日坊主が答える。すると座布団僧侶が意外な答えを返してきた。

「僕は何かを成し遂げた先に『悟り』があるとは思ってないんよ。多分、『悟り』っていつでもどこにでもあって……。そう、まるで空気みたいなもんやと思うんよね~」

「はあ?」

三日坊主は座布団僧侶の説明がいまいち理解できなかった。すると、座布団僧侶が続けて提案をした。

「分かった。なら、今日は一緒に座禅でもやってみよか。僕な説明が下手やから、一緒に座禅したら何か気づいてもらえるかもしれん」

「は、はい! ご一緒させてください!」

ようやく座布団僧侶から、修行らしい内容の誘いを受けて喜んで返事をした。三日坊主の返事を受けて早速、座布団僧侶が移動をはじめた。

案内された場所は、十畳ほどの何もない部屋だった。障子を開けて中に入る。右手側に小さな窓がひとつ。左手側は壁。正面奥には襖があった。部屋の中に物はひとつだけ置かれていた。部屋の中央に座布団がただひとつだけであった。

「暇なときはこの部屋で、座禅をくんだりしてるんよ。誰かと一緒にやるのは初めてやなぁ~」

と、言いながら座布団僧侶は奥の襖を開けて中から、座布団を一枚取り出した。どうやら襖の中は物置になっているらしい。

「これ使ってなぁ~」

三日坊主が座布団を受け取る。そして部屋の中心から、座布団3つ分の距離を開けて互いに正面で向き合う形で座布団に座る。

奥側には座布団僧侶。障子の入口側に三日坊主が位置どった。

「よっこいせ!」と、声を出しながら座布団僧侶が足を組む。三日坊主もそれに倣って足を組む。

「…………」

ふたりの間に、短い沈黙が流れた。

「じゃ、はじめようか~」

「はい」

三日坊主が静かに返事をする。

部屋の中は静かな呼吸音。そして外からの雨音が聞こえるだけとなった。

三日坊主は呼吸に集中するために、深く長い呼吸を意識した。その時あることに気が付いた。座布団僧侶の呼吸が恐ろしく静かで、一呼吸が異常に長いことに。

「集中――」

座布団僧侶が、ぼそりと呟いた。三日坊主は、ハッ! と我に返って自分の呼吸に集中しなおした。

ふたりの呼吸が深く沈んでいく。それに反して、雨音が徐々に強まる、嵐の予感がした――。

ザァー、ザァー、ザァー……

スー、スー、スー……

ザァー、ザァー、ザァー……

スー、スー、スー……

ザァー、ザァー、ゴロ、ザァー……

どれぐらい時間がたっただろう。雨音の中に雷鳴を聞き取ったときに、三日坊主の集中が途切れてしまった。

いつまで続けるのか? 同時に雑念が生まれてしまった。一度、途切れてしまった集中を戻すのは容易ではない。

軽く薄目で座布団僧侶を確認してみると。身じろぎひとつせず、集中して座禅をくんでいた。その瞬間――

ピキャーーーン、ド、ゴロゴロゴロ‼

近くに大きな雷が落ちた。薄暗い部屋が一瞬、雷の光に包まれた。

うっわぁ⁉ 三日坊主は声を上げて驚いた。間違いなく、どこか近くに落雷したであろう距離感だった。落雷の衝撃が、空気に振動していた。

もはや座禅どころではなくなった三日坊主が、座布団僧侶に声をかけようとしたその瞬間――

ピキャーーーン、ド、ゴロゴロゴロ‼

二発目の雷が落ちた。うッ! 次はかろうじて声を抑えることが出来た。

「座布団僧侶、雷が……」と、三日坊主が声をかけたその瞬間――

ピキャーーーン、ド、ゴロゴロゴロ‼

とどめの、三発目が来て三日坊主は固まった。しかし、それは雷に対しての恐怖ではなかった……。恐怖の対象は、目の前の人物に対してだった。

そう、この落雷の中ですら、身じろぎひとつせず集中した状態で座禅をつづける座布団僧侶に対してだった。目の前の人物の底の見えない集中力に、雷すら凌駕する集中に――。人知を超えた何かを感じてしまった。

う、うわーー! 三日坊主は声を上げて、その部屋から抜け出していった。何か言いようのない恐怖を感じてしまった。瞳からは、涙すら滲んでいた。

ひとり部屋に取り残された座布団僧侶であったが、座布団僧侶の静かな呼吸音は部屋の中で響いていた――。

この寺には国中から、多くの僧侶が集まっている。それぞれが、それぞれの道を進み『悟り』を目指して修行に励んでいる。

武術に勉学、料理に薬学、書道や画道など。多岐にわたる道に、皆が挑んでいる。

その中で、何をしているのか分からない僧侶存在する。寺の中をぶらぶらして、やる事といえば畑の手入れだけ。それ以外は、日がな一日を過ごす。そんな僧侶もいたりする。

しかし、その僧侶は寺で一番の支持を集めていた。『悟りに1番近いのは?』と問われれば。皆、揃ってその僧侶の名前をあげた。

その僧侶の名は『座布団僧侶』その人である。

悟りの境地はまだまだ遠い――。

【つづく】

読んでいただいてありがとうございます。面白い作品を作ってお返ししていきたいと考えています。それまで応援していただけると嬉しいです。