クリプト都市ツークの煙突—ブロックチェーン村を開拓する人々
スイス中央地方の都市ツークはクリプトバレーを自称しており、ブロックチェーン関連のイベントが頻繁に行われている。そんなイベントに集う参加者たちの人間模様と、ツークの研究街区の営みを観察する。
ツーク駅の西口を出ると、駅の目の前には住宅街が広がる。生垣の間を抜けていくと、学園都市のような建物が姿を現す。
ガラスを多用した明るい曲面壁の前には、白いパラソルが並べられている。モノトーンの無機質な建物群に、移動店舗の看板が色を添える。
常連のお客さんが、ここは美味しいよと勧めてくれる。スープとサンドイッチを提供するその屋台は人気のようで、瞬く間に行列ができる。気さくな店主は昼時が終わると屋台を車につなぎ、手を振りながら湖西へ走り去った。
イベントの会場は研究街区の一角にあるはずだが、渡るべき交差点が道路工事中で、迂回しなければ横断できない。
だが、迂回路もふさがれている。すると、同じ方向を目指していると思しき仲間が一人、また一人やってきた。話しかけてみると、一人はオランダからやって来たというエンジニア、もう一人はインド出身でスイス国内に暮らすエンジニアであった。目的地を同じくする三人が、ともに会場を目指す。こうして、たまたま出会った三人組は、そのまま、イベントの最終日まで顔を合わせては情報交換する仲となった。
早く着いた会場は、半ば工事中であった。広いスペースには足場が組まれ、板材が無造作に置かれている。ベニヤ板がむき出しで、化粧板が貼られていない。そんな会場も、翌日の朝にはすっかり完成していた。
入り口では、インターネット中継班がカメラを構えている。スイス公共放送協会のインターネットメディアもブースを出しており、アメニティを並べて来客待ちをしている。日本から来たというと、日本語でも配信しているよとパソコンを開き、最近の記事を見せてくれた。
周辺には企業や研究機関が集まる。広い平地に整然と建屋が並ぶ様子は、ここがかつて工場地帯であった名残をとどめる。
イベント会場はツーク湖にも近く、少し歩けば工場地帯の無機質な風景が一変する。晴れた日の湖畔には、ベンチで寛ぐ市民の姿が見られる。
やがて夕方になると、ラボの中庭で簡素なレセプションが開催された。
と名付けられた強いカクテルが振る舞われる。
デッキに寝そべりながら、人々がツークの夏の宵を楽しむ光景が見られた。
ラボのフリースペースには、ATMマシンが無造作に置かれている。モックではなく、実際に3種類のコインを購入・売却することもできる。その奥では、マックブックを開いたDJが音楽を流し続ける。
夜が更けると、ラボの中庭から同じ街区にあるクラブへと人が移っていく。緑のライトに彩られたオフィスの向かいに、そのクラブはあった。若者の遊ぶ場所が少ないとされるツークでは、小さいながらも貴重なハコである。
クラブの簡素な建屋の背後には煙突があって、それが重なって見えると、あたかも日本の銭湯のような風情である。西部開拓時代のバーに人々が集まったように、この街の開拓者たちも夜な夜なクラブに集う。
それが研究街区ツークに佇むクラブの印象であった。
簡素なのは外見だけでなく、クラブの中も質素であった。フロアには人もまばらで、なぜか、中2階に人が集まっている。わざわざ賑やかな音の空間に集まって、声を張り上げながら熱心に開発話に興じている集団もいる。
何もなかった街にできたクラブに夜な夜な集う人々の中から、やがて数年後にビジネスで成功を収める人物が輩出されることは、スタートアップの集積するあらゆる都市で観測された、お馴染みの光景である。
ツークの研究街区で開発に没頭する若者の中から、世界を変える逸材は輩出されるだろうか。ポジティブな未来だけを見つめる彼らと話していると、この街の将来が少しだけ楽しみになった。