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【読みもの】「今夜あなたにフラれたい」

「谷村有美は、ミニディスクを信じてる」というテレビコマーシャルがあった。

1994年。SONYが発表した次世代記録メディア、ミニディスク(MD)が少しずつ世間に浸透していく頃だった。録音媒体がアナログのコンパクトカセットからデジタルディスクに切り替わり始めた、その黎明の頃だ。なんとも言えないアンニュイな表情で谷村有美は「信じてる」と言い、そのバックに彼女の歌う《今夜あなたにフラれたい》という曲が流れていた。

今夜あなたにフラれたい
傷つく分だけ優しくなれるの
今日までの私を偽りたくないから

谷村有美「今夜あなたにフラれたい」より

相手の気持ちがここに無いと知りつつも、男が時折みせる優しさに踏ん切りがつけられない女性がいる。しかし、いつまでもこのままではいられないと思う。傷つくことは知っている。それでもお互いが新たな一歩を踏み出すため「今夜あなたにフラれたい」のだという、切なくも潔いヴォーカルが印象的なポップチューンだ。

テレビをつけると良いタイミングで繰り返し流れるこのCMを見るうちに、当時の自分にとって「綺麗なお姉さん」だった谷村有美のことが好きになってしまった。ぼんやり口ずさめる程度にはその曲を覚えてもいた。

そして僕はこの時、もうひとつ目覚めていたようなのだ。
それは《ショートカットへの憧れ》である。

コマーシャルの谷村有美はショートカットで、スルドく可愛かった。年上の女性に憧れるという初めての体験であった。それまで見たこともなかった女性を一目見て、ビビッときた時の不思議な感覚が何なのか、その時はまだはっきりとわからなかった。

ショートカットの女性を見ると無条件に反応してしまう男性がいる。町ですれ違う女性、少し前を歩いている女性、ショートカットであるというだけで無意識に目で追ってしまうタイプの男は相当数存在し、僕もその一人だということがその後の人生で証明されていく。

谷村有美との出会いとほぼ同時期に、世の男性を虜にしたアイドル(と言っていいのだと思う)がいた。それは広末涼子。
こちらもDOCOMOのコマーシャルで一世を風靡した。《ショートカット・オブ・ザ・イヤー》いや《ショートカット・オブ・ジ・アース》の称号を授かっても不思議でないくらいに可愛いかった。
広末好きが高じて、一度もその音を聞かぬまま解約することになる「ポケベル」も所有した。下敷きもヒロスエだった(これを若さと言う)。

青年期への階段で、鮮烈なショートカットの二人と出会ったのだった。どちらと先に遭遇したのか記憶が曖昧だったので調べてみると、谷村有美が先であった。僕にとってのショートカットの「祖」である。

そういうわけで、《今夜あなたにフラれたい》は自分のお小遣いで買ったはじめてのCDとなった。

今はなき8センチのシングルである。家から歩いて3分の場所にあった内田屋書房が懐かしい(今はパン屋さんになっている)。店員さんが袋に入れてくれた谷村有美を家に連れて帰れるのが嬉しい、それはよく晴れた日だった。

なにごとも「初めて」は記憶にくっきりと刻まれるのだ。

#はじめて買ったCD

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